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限りなく透明に近いふつう

やさしい鬼です お菓子もあります お茶も沸かしてございます

天使のようで悪魔なあの子

今週のお題「調味料」 

 今でこそ堅実につつましく生きることをモットーにしている私ですが、人生の中で一度だけ水商売をしたことがあります。
22歳くらいの頃でした。
当時私はフリーターで、すでに3つのアルバイトをしていましたが、事情があって短期間だけ水商売をしてみようと思い立ち実践しました。
これはその頃の話です。
 
その店は特に繁華街でもなく、どちらかというと住宅街の外れにあるビルの一階にありました。
 
私はそういったお店に足を踏み入れる事自体初めてだったので面接に訪れた時、かなり緊張しながら黒い金属製の戸を開けました。
 
カランコロンカラン
お約束通りのいかにもなドアベルが鳴り、薄暗い店内に足を踏み入れると、1人の男性が店の奥から出てきました。
 
まだ若い彼は、メガネをかけてTシャツとジーパンという水商売らしかぬ出で立ち。
背は高かったのですが顔も身体つきも非常に中性的な感じで、今思うとAAAの西島くんを色白にしたような男性でした。
見た瞬間すぐ「あ、かわいい」と私は思いました。
 
「場所すぐ分かった?あ、ここへどうぞ」
男性は私をソファへ促しながらニコニコと愛想よく言いました。
私は驚きました。
というのは、前日面接をしたい旨を電話で伝えた時の相手はいかにも酒焼けダミ声の女性だったので勝手に「赤毛のソバージュ+ヒョウ柄ワンピース」みたいなママが出てくるのを想像していたのです。
 
しかし彼は天使のような優しい微笑みを浮かべ柔らかな空気感をまとっています。
おかげで私は緊張感が和らぎすぐにソファに座りました。
 
店はカウンターが10席とボックス席が3つの小さな作りで、壁は赤、カウンターは黒、ソファも黒。
本当に想像通りのスナックというかパブというか、まぁいかにも飲み屋だなぁという感じの内装でした。
 
私はキョロキョロと周りを見回し「こういう所の面接って、何を話すんだろう?」と思っていると、彼が目の前に座り名刺を差し出して
「ナルミと申します。いちおう、この店の店長です。」と微笑みました。
名刺にはローマ字のNARUMIだけだったので、苗字だか名前だか分かりませんが、前日の電話口の女性でないことは明らかでした。
 
そして彼は私の免許証を見て数秒後にニコニコしながら
「えーと桜島さん合格ね。でっ、いつから来られる?」
と言いながらシフト表のような紙を取り出しました。
 
私は合否が開口一番に決まっていることに驚き、思わず
「えっ、そうなんですか?なっ、今私の何を見たんですか?」と聞きました。
 
彼は一瞬少し目を丸くして驚いた顔をしましたがすぐ元のニコニコ顏(この顔が彼のデフォルトらしい)に戻ると
「顔。あと年齢が本当かどうか。面接基準は僕が一緒に飲みたいなーと思う女性かどうかそれだけ。桜島さんは合格。他にご質問は?無ければ源氏名決めていい?」
と言いました。
 
そういうもんなのか…。
私は可愛い店長に顔を合格と言われたことに少しドキリとしましたが、今思えば価値があったのは私の顔というより若さだったのだと思います。
とにかく私はそのお店で源氏名「サクラちゃん」として週に3日ほどアルバイトをすることになりました。
 
 
ナルミくんは私と同い年でありながら店長であり、料理係でもありました。
ダミ声の女性はこの店のママで、ナルミくんとの血縁関係は無く、その店は別に姉妹店も持つオーナーのもので、ナルミくんはオーナーの息子さんとして一店舗を任されているという仕組みでした。
 
女の子は元々居る子が5人で、私と同時期に入店した子があと2人いました。
 
お店は基本的にお客さん1人に付き女の子も1人付いて一緒にお酒を飲んで話すというスタイルで、指名制度はありましたが、キャバクラのような同伴・アフターも無く、男性客から外で会うことを求められたら「お店で禁止されてる」と言えばいいと教わりその通りにして特に問題は起きませんでした。
 
 
その頃の私は素だと人見知りをしましたが、仕事としてサクラちゃんになりきってしまえば社交的に振る舞えたので、一対一の接客は思ったより楽でした。
色々な業種の男性から、その仕事のコアな部分の話を聞き出すのは正直楽しかったです。
 
このように私が楽しく働けたのはひとえにママの采配のおかげでもありました。
 
ママは表向きは新人に厳しい人でしたが、新人には比較的紳士的な客を割り振ってくれていて、少しクセのある客にはベテランの女の子が付くようになっていました。
 
たいてい私が相手をするような1人で来る客は皆、最後まで正気を残していましたが、時々ボックス席では数人の酔ったグループが喧嘩になりかけたり、女の子にきわどいセクハラをしてトラブルになりかけていましたが、ベテランの女の子は場の収め方も上手く、ベテランの女の子でも収まらない時はママが一喝するとどこからともなく店の外にタクシーが来て、お客を帰していたので、店の中で大トラブルに発展することはありませんでした。
 
サクラちゃんとして働き2か月が過ぎる頃、私はご贔屓にしてくれるお客さんも数人付いて給料も上がり順風満帆だったのですが、そんな時、小さな事件が起きました。
その日はママが風邪をひいてお休みをしていました。
 
夜の11時頃でしょうか、店内にはカウンターに1人の客、ボックス席に2人組の若い常連客がいて、女の子はカウンターにいる私とカウンター内に1人とボックス席に2人の計4人いて、平和に飲んでいました。
ナルミくんは厨房にいました。
 
 
すると、突然入り口のカランコロンカランが鳴り、3人組が来店しました。
3人とも作業服を着ていて、声の大きさからすでにどこかで飲んできて酔っている様子でした。
3人共、工業高校バレーボーイズテイストというか、店に入るなり「へーいい店じゃんか」「さぞかし儲かってんだろうなぁ」という、いかにも輩(やから)な台詞を吐きながらドヤドヤとボックス席に座りました。
 
3人組は、この店に来るのは初めてのようですが、私と同時期に入店した新人の女の子レナちゃんが以前働いていた店のお客さんらしくすぐに隣のボックス席に居たレナちゃんが
「いやぁ〜ん本当に来てくれたのぉ〜ん」と3人組に駆け寄りました。
3人組はガハハと笑い、挨拶代わりに1人がレナちゃんのお尻を撫でました。
そしてカウンター内にいたややベテランで気の強い性格のマリちゃんもその席に移動しました。
 
少し嫌な予感がしましたが、こういうお客さんは時々来るし私はカウンターにいたのでとりあえずその席に付かずにいられましたので初めはあまり気にしませんでした。
 
しかし、小一時間ほどすると3人組の1人が「自分だけ女の子が付いてない」という不満を口にしだしました。
 
状況を分かりやすくするためこの3人組を仮にチン、トン、シャンとしますと、チンがリーダーで40代中盤の小肥りな男性、トンは太鼓持ちという感じでよく喋る30代の色黒痩せ型な男性、シャンは20代で大人しめな人でした。
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漏れ聞こえる範囲だと、それまでの彼らの話はトンがいかに自分の人生で水商売の女に振り回されてきたかということがメインでした。
 
トン「若い頃は俺もそれなりにこういう店でモテたんすよ、でも女ってのは男より金に汚ねぇんですよ!貢がねぇと分かるとサッサと逃げちまうんすよ!」
チン「トンは金で釣るからいけねぇんだよ、俺なんてアッチがいいから女は一回やったら離れねぇぞ」
 
トン「だから!ヤるまで漕ぎ着けないから苦労してんだって話っすよ!」
一同笑い。
終始そんな感じのゲスいノリで、シャンは無口でひたすら頷きながら時計を見たり頻繁に電話をしに外へ出たりしている感じでした。
 
マリちゃんやレナちゃんはことあるごとにチントンに
「おめーら谷間見せときゃいいと思ってんだろ!」と胸を突かれたり
「寂しいよな〜、キスくらいタダでさせろよ〜」とか言われるのをうまく
「まだあたしたちそんな仲じゃないでしょお〜もっと通ってくれたら分かんないけどぉ〜」と、この世界ではよくある定型文であしらっていました。
 
しかし私が少し気にして様子を見ている限りどうも今日のレナちゃんはシャン狙いっぽいのです。
レナちゃんはスタイルは普通ですが、お世辞にも美しいとは言えない容姿というか、肌が荒れに荒れていて、髪もブリーチでパサパサで、前歯が差し歯の仮歯のままで黄色く変色しているのを持ちネタのように話す(それも何故か自慢風に)女の子で、なんとなく不潔感が漂う女の子でした。
そしてセックス依存症を公言している子で、前の店でも客と寝まくっていたと平気で話し、チンやトンとの肉体関係の有無は分かりませんが、その夜はシャンに対して明らかに色目を使ってるのが誰の目にも分かりました。
 
愚鈍なトンにもそれが分かるらしく、一応配置的には端から順にシャン、マリ、チン、レナ、トンなのですが、トンは明らかにレナちゃんに相手にされていないので「もっと相手になる女を出せ」という欲求が爆発している様子でした。
 
そして、間の悪いことにカウンターのお客さんが帰ってしまったので、その最も飢えた状態のトンの隣に私が付くことになりました。
つまりこういう状態。
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「初めまして、サクラです。」
私が名刺を差し出すとトンは「おお〜待ってました!もっと、こっち!お尻くっ付けちゃっていいから全然!気にしないで!さっ」
と身体を引き寄せようと、してきました。
 
私がやんわり手を払いのけ(うわ〜げすいな〜)と思っていると、トンはヤニ臭い顔を近づけてきて、
さっきのカウンター客さ、常連?サクラちゃんはさっきの客とヤッてんの?何回くらい通ったらヤラせてくれるの?」と言いました。
 
私は愛想笑いをしながら
ヤるヤらないは、来店回数で決まるものではないと思いますよ。」と言いました。
するとチンが「そうだよな〜サクラちゃんいいこと言うじゃんか!」とガハハと笑い、全体の会話は「女子はどういう男性に惹かれるか?」という方向に流れました。
 
私はとりあえず切り抜けてホッとして、トイレに行きたかったので皆の会話が盛り上がっているうちにトイレに立ちました。
 
この店のトイレは一番奥に男女共用のものが一つあるだけでした。
 そして私がトイレを済ませた時、その事件は起きたのです。
 
私がドアノブを握り鍵を開けると、突然ドアが向こうからものすごい強い力で引っ張られました。
 
!!?
 
何がなんだか分からないままドアが向こうに引っ張られ、次の瞬間、黒い物体が目の前にガバッと現れました。
 
私は一瞬で背筋が凍りました。
トンです。
 
 
私はトンと2人、狭いトイレの空間に閉じ込められました。
ものすごいヤニ臭とアルコール臭を放ついトンは目が座り、私は直感で
ヤられる!」と思いました。
 
あまりのことに私は声も出ず足がすくみ、心臓がどくどくと音を立てて高鳴るのだけ感じていました。
 
するとトンはニヤニヤしながら両手を前に伸ばし
あれぇ、サクラちゃんもおトイレなのぉ〜。」と私にしなだれかかってきました。
そして 「なんかおれ〜サクラちゃんのこと好きになっちゃったんだよな〜」と口を突き出してきます。
 
ヤバい!!こいつヤる気だ
私はそう感じると思わずしゃがみ、ちょうど手を伸ばすとドアに手が届いたので思い切りドアを開けました。
そしてトンの身体の横からすり抜けると同時にトンの胴体を便器のほうに放り投げ、トイレから飛び出ました。
 
間一髪、トンの唇を逃れ息も絶え絶え廊下に出た私は、背後でトンの「おわっ」という声がするのも無視してそのまま厨房の中に駆け駆け込みました。
 
厨房には居るはずのナルミくんの姿がありませんでした。
私はふと自分の足がガクガクと震えているのに気がつき、とりあえず落ち着くために水道の水をグラスに注いで飲みました。
ちょうどグラスを置いた時、裏口が開いて買い物袋を両手に下げたナルミくんが戻ってきました。
近くの24時間営業のイオンに行っていたご様子です。
 
「ツマミ無くなったから買ってきたわ。どした?具合悪いかい?」
ナルミくんは袋を置くとニコニコしながらそう言いました。
ナルミくんの声の優しさに安堵し思わず泣きそうになるのを堪え、私は今の出来事を話しました。
 
「レナちゃんのとこのお客さんが一緒にトイレに入ってきて…その、しがみついてきて…」
私がそこまで言うと彼は急に真顔になり、いつもより低い声のトーンで聞いてきました。
なんかされた?」
 
初めて見るナルミくんの真剣な顔に私はさきほどまでとは別の種類の胸の高鳴りを覚えましたが、それはまぁ置いといて
「未遂です。逃げてきました。」と答えました。
 
するとナルミくんは
「ちょっと見てくるわトイレだよね?」と言ってサッとトイレの方へ行き、私がそのまま厨房に居ると
トイレからボックス席の方にかけて
「だいじょぶ、大丈夫っす、ほんと、大丈夫す」というトンの声がしました。
 
トンをボックス席に送ってからナルミくんは厨房に戻ると
「向こうは大丈夫そう。かーなり酔ってんねあの人」と言って手で酒臭さを振り払うジェスチャーと表情をしました。
 
そして私に
「大丈夫?席戻れそう?やめとく?」と聞いてきたので私は
「やだ、けど、仕方ないです。大丈夫です。」と答えました。
 
するとナルミくんは首をかしげ「うーん」と腕を組んで数秒後に突然
あっ、いいこと思いついたわ!」と言って先ほどの買い物袋をガサガサと探り、中から袋を取り出しました。
 
「じゃーん!これ。」
 
それはツナピコの袋でした。
 
え、ツナピコご存知ないですか?
こちらです。
 
ツナピコはマグロの佃煮ぽいものを1センチ角くらいに固めたおつまみお菓子です。子供の頃、親が寄り合いからよく持ち帰ってきたアレです。
写真からも分かるように金色か銀色の包みに個装されています。
「ツナピコですね。」
私が言うと彼は
「そう、そして〜」とニコニコしながら今度は調味料棚の中から一つの容器を取り出しました。
 
「じゃーん、これ。」
 
 
今度は何だと思います?
正解はこれです。

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「マギーブイヨン」
マギーブイヨンとは1センチ角くらいにコンソメを固めた調味料です。当然コンソメの塊なのでそのまま食べるものではありません。
お菓子に似ているので子供のころ齧った経験のある方も結構居るかと思いますが(私も齧りました)超超しょっぱいです。
 
ツナピコとマギーブイヨン。
似ている…。
 
ハッ!
私はこの時点で彼の企みに気がつきました。
勘の良い皆様ももうお分かりでしょう。
そう、ナルミくんはすでに調理台の上で鼻歌混じりにツナピコの中身とマギーブイヨンとを入れ変える作業に取り掛かっています。
 
 
そして金色のツナピコ包みにマギーブイヨンを綺麗に包むと、ポテトチップスとポッキーをあしらいお皿に盛り付け、本日3度目の「じゃーん」です。
 
彼はまったくいつもの微笑みで私にそれを手渡し「いってらっしゃい」と言いました。
「はっ!」
任務を任された兵隊のごとく私は片手に皿、片手にを敬礼して厨房を出ました。
 
私はボックス席に戻ると
「これ、店長から初回のお客様にサービスだそうでーす。」
と皿をトンの目の前に起きました。
トンはバツが悪いのか、先ほどの一件を無かったことにしたいのか、先ほどとは打って変わってよそよそしい空気感で「お、おう」とだけ言い、私を見ないまま「みんなの話に夢中です」というパフォーマンスをしていました。
 
私はすかさず偽装ツナピコを含めた3つほどを手に取るとトンの前にそれを置き、なに食わぬ顔でみんなの話に入りました。
 
しばらく皆で話していると、トンがツナピコの包みに手を伸ばしました。
 
私は素知らぬふりをして横目でトンを盗み見ました。
 
トンは何か話しながら金色の包みをほどき、その手にはとうとう裸のマギーブイヨンが…!!
 
いけっ!
 
私が念じた瞬間トンが口の中にそれを放り込みました。
 
2回ほど咀嚼したのちトンの雄叫びがボックス席に響きわたりました。
 
「しょっぺーーー!!!」
 
 
よっしゃー!!!
私は心の中でガッツポーズです。
席のみんなは「なになに?どしたのぉ?」となっていたので私も1人必死で笑いを堪えながら「どしたんですかー?」と聞きました。
 
トンはピッチャーの水を直でガブガブ飲むと
いやっ!何コレ?まじで何これ?すげぇしょっぱかったんたけど何これ?こういう味なの?なんだこれ!?おいこれ誰か食ってみろって!」と1人狼狽しきっていました。
 
レナちゃんが別のツナピコを一つ食べると
「別に普通じゃん。酔って味覚がバカになってんじゃないの?」と言い、ドッと笑いが起きました。
 
私も笑いながら厨房の方を見るとナルミくんがこっそり隙間からこちらを見ていつもの微笑みを浮かべていました。
 
閉店作業中、ナルミくんはニコニコしながら私に近づき、
さっきの人どうしたんだろうね〜?ツナピコそんなにしょっぱかったのかなぁ?」
と言ったので、私は小悪魔とはこういう人のことを言うんだなと学習しました。
 
 
 
その後チントンシャンが来店することは無く、ほどなくして私は店を辞めましたが、今でもマギーブイヨンかツナピコを見るとこの時のことを思い出します。
 
皆様はくれぐれもこんな悪戯をしないようにして下さいね。
 
ナルミくんとはいい感じの描写もありましたが、男女の仲にまで発展するようなことは特にありませんでした。
この店では他にもいくつかのエピソードがあったので、それについてはまたそのうちにちょうど良いお題が来れば書くかもしれません。
長くなりましたが、「調味料」というお題でやっとこさ思い出した昔話でした。
ではまた。