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限りなく透明に近いふつう

やさしい鬼です お菓子もあります お茶も沸かしてございます

《後編》悩ましくも不倫を続けるすべての人へ

す おはようございます。

 

ninicosachico.hatenablog.com

上の記事の後篇になります。

昨日は沢山の方が読んで下さったようで、驚きました。

今日もよろしくお願いします。

尚、偶然こちらの記事に辿り着いた方は今日は昨日の続きですので、昨日の記事をお読みになってからこちらへお戻り下さい。

では後半のテーマ

人々はなぜ不倫をするのか?

を書いていこうと思います。

世の中の不倫経験者は「なぜ」不倫をしてしまうのでしょう?

それにはすでに一般的で完結な答えが一つあります。

「人々のモラル(道徳意識)が低下しているから」です。

 でも急にそう言われても分からない方は「モラルって何?道徳意識って何?」となりますよね。

そこで私なりにモラルを分かりやすく説明すると、モラルとは理性です。

では理性とはなんなのか?

 分かりやすい例え話をします。

ファミレスで隣の席のメニューが美味しそうだった場合、あなたは手を伸ばして食べようとしますか?

しませんよね。

でも小さな子供や猫なんかは手を伸ばしてしまいます。

それは子供や動物には理性が無いからです。

大人は普通「あれ食べたい」という感情が働いても「他人のだから食べちゃダメ」という理性が働くから、人の物に手を伸ばさないのです。

そういうわけで、理性には感情を抑える役割があります。

 でもここで問題の不倫ですが、

不倫は恋愛の一つの形であると言いますよね。

恋愛は理性でなく感情でするものです。

理性をコントロールしてるのはで、

感情をコントロールしてるのはです。

どうしてその人が好きなのかいくら頭で考えても分からないけど「なんか好き」という感情に動かされて人は恋愛をします。

 これは現代人にとってはとても当たり前の行為ですが、ひと昔前の人はほとんど恋愛をせずに結婚をしました。

お見合いという周囲の理性的な判断による儀式を経て相手を決め、子孫を残してきました。動物もそうです。

「強いオスと子孫を残す方が自分の遺伝子が後世に残る可能性が高まる」という裏付けによって、メスは強い雄を選び、オスも「丈夫な子供を産みそうな体型だから」という裏付けでそういうメスに近寄り相手を選びます。

動物はけして「なんとなく好きだから」で相手を選びません。

 でも、私達は人間です。

そして「もっと人間らしく生きたい」という欲求は、近年人々の中でどんどん高まってきています。

そのためには婚姻制度に繋がる恋愛に対し「理性だけではなく、感情を大事にして行う」ということが現代の常識です。

だから、現代人はとても自由に恋愛をするようになったのです。

 

でもその結果、感情を大切にするあまり、理性を捨て過ぎてしまう人が増えてきました。

ちなみに理性の高い人はほぼ不倫をしません。

不倫の醍醐味は、セックスが快感であるとか、恋愛のときめきを感じられるとか多少ありますが、友達は減るし、バレた時には社会的な地位もパートナーも一気に失う可能性があるので、冷静な頭でメリットとデメリットを比較すると、デメリットの方が大きいと私は思います。

たいていの理性的な人は不倫をする前にその答えに落ち着くので、理性的な人はほぼ不倫をしないと言えます。

 

しかし、不倫は確かに現在日本では犯罪ではありません。

なので、大抵の人が普段色々な理性のスイッチにしている決定的なGOサイン「⚪︎⚪︎罪に問われるからダメ」という明確な法律がないんです。

 

だから「恋愛は個人の自由である。人間だもの。」という近年の常識で、私達は感情を優先し、結果的に不倫の恋愛をする人も増えつつあるのです。

 

 でも、ここで私や皆様の頭には一つの疑問が浮かびます。

 

犯罪じゃなければしてもいいのか?

です。不倫をして悩んでいる人の心には、いつも最終的にこの問いが降りかかります。

 

でもこの問いの答えは、明確なものが無く、完全に個人の価値観に委ねられています。

 

ここでハッキリと「そんなん、犯罪じゃなければいいじゃん!」と考えが振り切っている人は、不倫をしても精神的に悩む事はないので、私からお話することは何もありません。

 しかし私が助けになりたいと思い、この記事が良い方向に作用すればいいな、と思う相手は「犯罪ではないけど、なんか悪いことをしてる自覚」に悩みながらも不倫をしている人達です。

 その方々には、この答えを出す為にはご自分の感情とは別のものさしが必要だと思います。

 それが何かと言うことを書く前に、ここでようやく私の話を少しだけ書きます。

 

 私がある男性と不倫関係になった日の翌日、相手の方は私にこう言いました。

「大丈夫?精神的に。」

私はまだその頃今よりさらにずっと頭の中が空っぽの馬鹿だったので、彼の言葉の意味が分かりませんでした。

そして「何が?」と聞くと彼は「いや、人によってはこういうことがキッカケで精神的にやられちゃうんじゃないかと思うから。」と言われました。

 その時は彼が何言ってんだか全く分かりませんでしたが、今となっては言葉の意味が分かります。

 当時の私にとって、不倫とはただの恋愛の一種でした。

そして私はそれまでにわりと多様な恋愛を経験していたので「自分は人より恋愛経験は豊富だ」という変な自負がありました。なので不倫だろうと「恋愛慣れしている自分にとっては、屁でもないわ!」という気持ちだったのです。

 しかし、彼は不倫を恋愛という感情の観点から捉えているわけでは無かったのです。不倫に対して「人の道を外す行為」という理性的な観点から見ていたのです。

 つまり「自分達は人の道を外してしまったけど、そのことであなたは精神的にやられてない?」という理性的な質問だったのです。

 私にはその時まだ「法に触れずに生きよう」という感覚はありましたが「人の道を外さず生きよう」という感覚は無かったように思います。

こと、恋愛にかけては特にいつも感情任せにしてきたので、不倫をしても「法に触れる訳でも無し、バレたところで自己責任。そしてバレない自信はあるので、大丈夫。」と深く考えていませんでした。だから躊躇無く軽々と不倫を始めてしまったのです。

 

でも、実際にその後に経験したことを振り返り総括すると、確かに不倫は「人を傷付ける人の道を外した行為」でした。

 

だから私は不倫とは「恋愛」の顔をしてやってくるけど、実はそんな甘いものではなく「犯罪」の一種なのだと今は思います。

 

 「犯罪」と書くと現在進行形で不倫をしている方にとって不快でしょうし、多少語弊があるかもしれませんが、お許しください。

これは法的な犯罪ではなく、道徳的な罪という意味です。

 道徳的な罪とはどういうことかと言うと、例えば「他人を殴ったらいけない」のは現行の法律に「傷害罪に問われる行為」とされているからですよね。

 ではもし、あなたと誰かの間に何らかのトラブルがあって、相手が絶対に訴えないとわかってる場合、あなたは怒りに任せて相手を殴りますか?

 躊躇なく殴る人もいるでしょう。

事情次第では殴る、という人もいるでしょう。

 でも、どんな理由があるにせよ「暴力はダメ」という理性で留まる人がまだ世の中には多いです。ありがたいことに。

 そういう理性のある人が「殴らない」を選択する行為が「道徳的に罪を犯さない」ということです。

 でももし、そういう人がうっかり感情まかせに相手を殴ってしまった場合、後から精神的にやられます。

殴った自分の良心が痛むんですね。自分で自分のタブーを侵してしまった、と。

彼はそのことを「大丈夫?」と聞いていたのだということが、かなり後になって分かりました。

  法律で罪を問われないとしても、人を殴ったら相手が痛いのはもちろん、殴った自分の手にもその感覚が残ります。

そしてその事実を自分の中からはずっと消せません。

「そのことに自分が耐えられるか?」を自分と相談して決める。

 それこそが、自分が感情以外に頼るべきもの「道徳心」の働きなのです。

 

だから先ほどの問い「犯罪じゃなければしてもいいのか?」には、それぞれ道徳心を頼りに自分で考えればいいと思います。

でも私がそうだったようにそもそも、自分の中の道徳心がどの程度なのか、分からない人も多いと思います。

 

 そして、事が起こりそうな瞬間に瞬時に自分の行動を決められるほど、道徳心が確立している人は一部の凄い人だけだと思います。

だから本当は普段からそれを考えておくことが必要なんだと思います。

でも学校の道徳の時間に「不倫はしちゃいけません」と習わなかった私達は、普段からそんなのは考えてないことが多いです。だから、うっかり躊躇なく不倫をしてしまう私のような人が今も増えているんだと思います。

自分が不倫をしそうだったり、現在しているという方で先行きに悩んでいる方は、これを期に自分の心の中にある「好き」という感情を一旦置いといて、道徳心の観点から考えてみるといいと思います。

 それで、考えた結果胸を張って「私は出来る!」という人はすればいいですが、あなたが「好きならなんとなくいいんじゃないかな…」くらいの気持ちなら不倫は辞めるべきだと思います。

 

なぜなら不倫の果てにパートナーを巻き込み傷付けた時、パートナーにしてみれば「なんとなくで傷付けてんじゃねーよ」と思うからです。

 

不倫をされたパートナーにしてみればハッキリと加害者に「あなたが傷付いてもいい!」という意思のもと傷付けられるより「なんとなく傷付けちゃったんだよね、悪気は無かったんだけど」の方がよっぽどキツいそうです。

これが、不倫に対する言葉でよく聞く「やるなら覚悟してやれ」という事なのでしょう。

不倫に至ってしまう経緯は本当に人それぞれでしょうが、1対1の単純な恋愛ではない以上、常に自分や相手のパートナーの事を考えて、不倫に至る前にいま一度自分の道徳心と相談してください。

 

 最後になりますが、私はなにも「不倫がいけない」とは言ってませんし、思っていません。

ただ、本当に考えずにはじまったような「惰性の不倫、成り行きの不倫」は、甘みのわりに苦味が強く、一度不倫をしてしまったら不倫をしていない人生に塗り替えることは出来ません。

特に独身の方は不倫をしていた期間に、もっと他の事にエネルギーを当ててれば…と悔やむこともあると思います。

私自身人生の経験を振り返っても、不倫で無くしたものは多々ありますし、不倫が人生の無駄使いになりがちだということは実感しています。

なので、簡単に道徳心のハードルを下げないことを皆様には勧めます。

 本当に長々と書いて参りましたが、お付き合いありがとうございます。

皆様の人生がこれからも有意義であることを心より願ってます。

 

 

ではまた。