限りなく透明に近いふつう

やさしい鬼です お菓子もあります お茶も沸かしてございます

中折れやめます

おはようございます。

私、最近気が付いたんですけど、ブログって、普段暮らしていると「あ、この件について書こう!」と思うことがたくさん出てくるけど、まとまった書く時間が取れなくて少し時間が過ぎてから「いざ書こう!」と机に向かって書き始めると、急に今書こうとしていることがなんだかどうでもいいくだらないようなことに思えてきて書く気がしゅるしゅると萎えていくっていう現象が起きるんですね。

この現象なんなんでしょう?

たぶん、これって多くのブログを書く人に共通の現象なんじゃないかと私は思うんですけれども、もしかしたら私だけの現象かもしれないし、どうなんだろうなぁ、と思いつつこの現象に万人共通の名前が無いから人に説明しずらいので、自分の中では「中折れ」って呼んでるんですけど、ブログを書いている友人に「〇〇さんも中折れする?」と聞くと語弊があるしなぁ、と思いながらここ数日過ごしてます。桜島ニニコです。

 

 

というわけで、最近私、定期的にブログが更新できなくて困っています。

私は前は、一週間に一度「今週のお題」を書くというのを自分に課してました。

でもお題というのはご存じのとおり、ランダムなものなので自分の書きたいこととお題が一致することのほうが稀です。

それでもこのブログを始めた頃の私は血気盛んだったので「自分の書きたいことストック」の中から「今週のお題」に沿うように文章を無理くりまとめるということ自体を楽しんで書いてました。

なので「無理くりまとめる」ことまでが私にとってゲームであり、ゲームのルールとして「一週間に一本」というのがあったので、定期的に更新出来ていたのですが、最近はあまりにも自分の「書きたいことストック」と「お題」がかけ離れていると、「そうまでしてこのゲームに乗る必要があるのかな?」って自分で思うようになってきたのです。

それで、徐々にお題と関係なくても自分の書きたいことストックの中から熱い思いがあるものを書いていくようになってきたんですけど、そうなると「お題」ゲームから降りたからにはその文章は私にとって「作品」でなければならない、というこだわりが生まれたんですね。

つまり、お題ゲームをしているぶんには、私にとってこのブログの文章は「自分の書きたかったことストックを「お題」に関連付けてまとめて、木曜日までに更新する」これでクリアだったわけです。

私の中の編集長がそれで「OK」をくれてたんです。

でもそのゲームを辞めて自由に書くからには「よほど読み応えのあるもの」じゃないといけなくて、お題ゲームじゃない記事を書こうとすると私の中の編集長が「てめぇ、よっぽどのことだろうな」と睨むんです。

だから気の弱い私は「あ…そこまでは、まだ意見がまとまってないっていうか…じゃあこの件は今度にします。」と引き下がってしまうんです。

これが、最近定期的に更新できない理由です。

 

あ、今日の内容って、こんなの読んでも面白い人はいないかと思うんですけど、すいません書かないと自分が気が済まないので書かせてください。

 

それで、あんまり更新しないでいると、どうなるかというと、これで私が別にブログの事を忘れて暮らせるなら問題は無いんですよ。

でも私は普段やっぱり生きてて思うこと書きたいことがちょこちょこ出てくるんです。

でも、書こうとするとうまくまとめて書けなくて中折れして、「あー自分はうまく書けないよー」と思いつつ、その件を書くのを諦めて、似てる主旨の事を書いてる記事を観ては「あ〜こういうこと、そうそう、でも私と考え方ちょっと違う、私の考えを書いた文は私が書かなきゃならないのか…」って思って、悶々として…

って感じでですね、もともと私自己顕示欲を満たすのとストレス解消の為にはじめたブログなのに、ストレス源になってることに気がついたんです。

これじゃ、あかん!

と思ったので、これからは私、自分の中で、記事を「作品」扱いするのを止めました。

中折れしてしまいこんでストレス貯めるより、

うまくまとまらない半生の気持ちでもいいから書いて出したれ、って思います。

 

私は今までお題ゲームじゃない記事を書く時は「起承転結がある」というか、「問題提起からの結論」みたいに、話としてまとまったものを書こうとしてきたんです。

でも、それでいくつかの記事が褒められたりすることによって自分の中に「次に書くもので読む人にがっかりさせちゃいけない」と思ったり、自分でも「文章下手だわこの人」って思われたくない、っていうプライドを持ち過ぎてたんじゃないかと思いむす。

 

でも、私はお金を貰ってるわけでもないし、このブログは「自分が書いてスッキリする事を、たまたま読んだ人もスッキリしたらラッキー」くらいの気持ちで書いていいんじゃないかと気がついたんです。

なにより、文章は「書かないとなまる」という特性があります。

スポーツとか何でもそうだけど、文章も書けば書くほど上手くなるわけじゃないけど、書かなきゃ書かないほど下手にはなります。

だから、「良い物を書こう」と思いつつ二の足を踏んでるより、どんどん書くほうが良い物が書ける可能性は高いんですよね、たぶん。

 

今まで、自分でちゃんと書く自分の文章を私は作品って思ってたけど、文章は私の排泄物くらいの感覚でいいのかな、と思うようになりました。

きれいなうんこ出るとそれはそれで感動しますもんね。

 

まぁ、よく分からないかもしれませんが、これからは気楽に好きに書こうと思います。

お付き合い下さる方は改めて宜しくお願いします。