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限りなく透明に近いふつう

やさしい鬼です お菓子もあります お茶も沸かしてございます

「男らしさ」の押し付けは男子を歪ませる(そして歪んだ男子が女をいじめる)

 

はじめに
 
 ちょっと前の話を引っ張り出して恐縮ですが、昨年の秋頃に起きたミスしたワイフを怒鳴りつけたパン屋のブログ炎上事件を覚えてますでしょうか?
 
私は先日久々にその件を思い出したのですが、そのいきさつはこれまた少し前に炎上した「家事代行サービス会社のK氏のブログ」を読んだからなんです。
K氏のあの上から目線で書かれた、女性のマネジメントうんぬんの文章を読んでいたら「この感じ、前に読んだ何かに似てる……あぁ、炎上パン屋のブログだ!」という風に思い出しました。
 
なぜ私がK氏の記事からパン屋のことを連想したかというと、トイアンナさんの言葉を借りて端的に言うならば、炎上2人男の文章に共通した「マッチョッチョな男社会の精神」を感じたからだと思います。
 マッチョッチョな男社会の精神。
それは私が1番「うげー」となるものです。
 
なぜなら私はこの炎上したお2人に限らず、前々から実生活でセクハラやパワハラ案件に触れるたび、その加害者にそれを感じてきたからです。
それでぶっちゃけ私は「マッチョッチョな精神の持ち主は厄介だから、なるべくなら生涯関わりたくない。」と思ってきました。
でも私は厄介だと思ってると逆に彼らについて観察したり思いを馳せてしまう性格で、今日はそんな中マッチョッチョな男社会の精神について色々思うところが溜まったのでまとめて書こうと思います。
皆様も良かったら身近なマッチョッチョ精神の人を思い浮かべながらお読み下さい。
 
 マッチョッチョ精神の人の不思議なところ
 
 あのう、「マッチョッチョ精神の人」と書くと長いので、以降「マッチ」でいいですか?すいません。
 
さて、皆様にも似たような経験があるかと思いますが、身の回りのマッチを観察していると、彼らは時に武勇伝のごとく「妻や子供をこんな風に叱りつけた。」とか「使えない部下をこんな風に怒鳴りつけてやった。」というエピソードを語ることがあります。
私はそういうのを耳にする度にいつも嫌〜な気分になっていました。
だって「自分の方が立場が上」であることを誇示しつつ「自分より弱い立場の人(女性や子供や部下)を叱り飛ばしたエピソード」なんて聞いても全然楽しくないじゃないですか。
そんな話を「へぇー○○さんてすっご〜い!」と聞く人がいるとしたら、それは仕事中のホステスか下心のある部下くらいしか居ないと思うんですよ。
 
でもマッチは本当にそれらの面白くもないエピソードを意気揚々と「楽しい話を聞かせてやってる」くらいの勢いで、しかも「謎の誇らしげ感」まで漂わせて話すので、私はいつも「こいつと私の感覚はすごく違うぞ!」と思ってました。
 
炎上した例のお2人の記事についてもこれと同じようなことが言えます。
彼らは記事が炎上してみて初めてそれが「他人を不快にさせたり、怒らせたりする内容だったのかも」と気がついたかもしれませんが、書いた時点ではその自覚も予測も出来て無いから公開したわけですよね。
つまり、本人がその文章を公開する時の「どや!」と、世間がその文章を受け取った時の「ひでぇ!」のズレが炎上を生んだんだと思うんです。(マッチだけにね!と私の中の落語家が言ってますが無視します)
 
で、私はそれが世間知らずの子供が書いた記事ならまだそういうズレが生じるのも分かるんですけど「なんで経営者だったり、それなりに社会性があるからその地位にいるはずの人間が、そんな社会と自分の感覚の大きなズレに気がつかないんだ?」って疑問に思いました。
 
K氏に感じたその疑問は、いつも私が身近なマッチに感じる「ズレてるなぁ」と同じようなものなので、先日K氏の記事を読んでから私は改めてその理由を考えていました。
そしたら、おととい位に「彼らと私の感覚のズレがなぜこんなにあるのか?」が分かったんです。
正確には分かったというか「ズレちゃう原因の推測が出来た」なんですが、それについてはもっと後で書くとして、とりあえず次の章では私が思うマッチの厄介さについて書かせて下さい。
 
マッチョッチョな男社会の精神の厄介さ
 
えっと、ここまで私は説明無しに当たり前のごとく「マッチョッチョな精神」と書いてきたのですが、よく考えたら「待て、そもそもそれってどういうことなんだ?」と思ってる方もいるかもしれないですよね。今、気がつきました。
すいません。
なので、先に私の考える「マッチョッチョな男社会の精神」がどういうものなのかというところから書いていきます。
 
私の思う「マッチョッチョな男社会」というのは、男性が割合の多くを占める体育会系の団体やホストクラブような「序列のハッキリとした組織」などが挙げられるのですが、最も皆様にイメージが伝わりやすい環境は「軍隊」です。
 
その特徴を挙げると
・そこに存在する人間は「男性」のみ。
・トップが掲げる目標に「結果を出そうとする思想」だけが求められる。
・つまり個人の自由な思想は無用、というかむしろ邪魔。
「結果を出せる人間順」で階級分けががある。
「男なら泣くな!」みたいに男性性で行動を縛り付けるルールが通用する。(ついでに「風邪をひくのは精神がたるんでるせい」とか「結果が出ないのは頑張りが足りないから」みたいな精神論も通用する。)
 ・高い結果を出す男は「真の男・英雄」という称号が与えられて上からは褒められ仲間からも尊敬される。
・結果を出せない男は「下級の人間」という烙印が押される。(その際に掛けられる言葉は「女の腐ったような奴」「付いてるもんついてるのか?」という風な「男性性」を否定するものが多い)
 
こんな感じです。
要するに「超差別的なことがまかり通る階級社会」という環境ですね。
 
で、私なんかはこの環境を想像するだけで「げー」となりますし、さすがに今の日本では、まるきりこのようなルールが適用される環境は稀だと思いますが、かと言って「おとぎ話のような別世界の話」とまでは言い切れません。
 
なぜなら、戦時下にこれをモロに体験してきた方はいま齢90代くらいのお爺様方ですが、そのお爺様達が直に教育して、影響を色濃く受け継いだ団塊の世代の男性は、もしまだ現役ならば会社では会長、社長だったり議員なら大物議員だったりなにかと発言権の強い立場にいることが多いと思います。
さらに、その団塊Jr世代はいま40代ぐらいで脂ののった年頃ですから、今まさに沢山の会社や組織で幹部層を務めてるはずで、ようするに今の社会を構成する「権力のある層」には「マッチョッチョ精神」の影響を受けた男性が多く存在しているわけです。
もちろん、上の世代からマッチョッチョ教育をされた男性がそのまま全員マッチョッチョ精神を受け入れているわけでもありませんし、世代が下るにつれ多少マッチョッチョ教育もマイルドになっているとは思います。
しかしそれでも私自身生活していてマッチを目にする機会もよくありますし、上に書いた事を踏まえると、まだまだ「別世界の話」と言うには程遠いと思ってしまいます。
 
さて、そんなマッチ達の厄介さについてですが、私が彼らのなにが1番嫌かと言うと、ずばり彼らがそのマッチョッチョな男社会のルールを世の中全体適用のルールだと信じきっていて他人にも適用してくるところです!
私はマッチルールを「げー」と思いますが、それでも個人の思想は自由なので、別に誰がマッチルール至上主義で生きてようが、その人が1人で信じて1人で遂行する分には別にいいんですよ。
でもマッチって「俺のルールは世のルール」っていうイモータンジョー人間ばかりなので、周りの人間を当たり前のようにマッチョッチョルールで動かそうとして、周りの人がすごく迷惑するから厄介なんです。
「人権意識が世の中全体とはズレてるのに権力はある。」
それがマッチの1番嫌なところだと私は思います。
 
マッチの人権意識のズレがセクハラパワハラを生む
 
そんなわけで、私は昨今のセクハラやパワハラ案件はほとんどマッチとそれ以外の人との感覚のズレが原因だと思ってるんです。
「男女は等しく扱おうという風に動きつつある世の中」
「女や下の立場の男は従わせて当たり前のマッチ」
この両者の人権意識は相当ズレていて、もはやズレてるどころか対立しています。(さっき無視した私の中の落語家が「これが本当のデスマッチ」と言ってます。)
 
で、そのズレが引き起こすマッチの不可解な態度はいくつもありますが、よくある事で言えば彼らの「謝罪の態度」があります。
私は彼らが炎上したり何かセクハラ発言などで訴えられたりした時に「いちおう謝罪」する時の態度がいつもおかしいと思います。マッチは謝罪するわりに、たいてい「反省しているように見えない」ので、言葉と態度がちぐはぐな感じなのです。
 
で、今回そのことを考えててマッチがなぜ反省していない(ように見える)のか分かりました。
多分マッチにはそもそも世の中がこのようなランク別で見えているんだと思います。
 
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※うんこじゃありませんよ、ピラミッド型なのです。
 
おそらく彼らもそれなりに社会的地位のある人ですから「人権侵害」とは「人が不当な扱いを受けること」を指すという認識はあるんだと思います。
しかし彼らは「不当な扱い=本来いるランクから下げた扱い」だと思っています。
つまり
彼らにとってそもそもが自分より下のランク設定の、女性という存在を下に扱ったとて、それは「不当」ではなく「妥当」という認識なんです。
だからこそ女性や、自分より立場が低いと見なす男性に対して「人として不当な扱いをする=人権侵害を犯す」をしたとしてもマッチ目線では「その扱いが妥当だと思ってる相手にした事だから不当な事はしていない」ということで、人権意識の自覚も罪悪感も湧かず反省もしないんだと思います。
 
「桜島さん偏見が前に出過ぎ!」と言われるかもしれませんが、別に賛同しない方はそう思わなくて良いです。
ただ私は単に自分がそう考えれば彼らが反省しない様子に納得できますのでそう思うだけです。
 
セクハラやパワハラについて「どうしてこんなに最近は多いのか?」という声を聞くと私は「そんなの昔は行為はあっても世の中にマッチルールが浸透してたから、女も弱い男も泣き寝入りしてただけ。」だと思います。
でも、一部の強いマッチの機嫌を取るために、その他の人の「人としての尊厳が傷付けられて当たり前」という世の中は絶対おかしいと思いますよ。
今現在もしそういう被害を我慢してる人がいましたは「セクハラパワハラと、うるさい奴が増えた」ってヤジは気にしないで声をあげるといいと思います。
 
マッチには被害者意識がある
 
では、お待たせしました。
はじめに書いた「マッチとの感覚のズレがなぜこんなにあるのか推測が出来た」について書きます。
これまでマッチに対して私が謎に思う点は多々ありましたが、1番の謎は
なぜマッチが他人と接する時の態度は、あんなに威張ってるのか?
ということです。
私は自分と彼らとの感覚のズレはそこに集約されると思いまして、その疑問について考えていたらふと、このような考えが思い浮かびました。
マッチには人権に対して強い「被害者意識」があるのではないか?
 
どういうことか説明します。
私はいつもセクハラやパワハラなど、人権被害の事件に触れるとその加害者を「またこいつもマッチだわ」と思っていたので、つい「マッチ=加害者」という頭が出来てしまっていました。
しかし、今回よく考えたら「もしや、彼らもすでに過去に何かの人権被害を受けていて、その報復を無意識にしているから態度が横暴になっているのかも」と思ったんです。
わかりやすく例えるなら「学校でひどく弱い者いじめをするいじめっ子が、フタを開けてみたら実は家庭で親に暴力を振るわれてて、暴力は連鎖するのだ」って話と同じことで「マッチも過去に何かにいじめられたから、いま周りをいじめ返してる」ということです。
しかもそう考えたら、私は彼らがいつも事件後に「反省してなさそう」な点にもさらに納得できます。
それは、マッチに「加害の自覚が沸いてない=反省してない」ように私には見えたのは「無差別通り魔事件で捕まった犯人が『学校でも会社でもいじめられてきた。社会が悪いから仕返ししただけで自分は悪くない。』と言う犯人の反省の無さ」と同じことです。
つまり、本人の心には被害者意識が先に強く居座っているので、後から犯した罪への加害者意識が湧かないという心理で、マッチもそうなってると仮定すると話の筋が通るのです。
 
 
マッチに被害者意識を刷り込んだものとはなにか?
 
さて、そうなってくるとマッチは誰から被害を受けたのか?ということになりますが、この答えは明白で昔のマッチョッチョな男社会の精神がはびこっていた社会だと私は思います。
 
それがどういうことかと言うと、マッチ教育が当たり前だった頃の世の中は、学校の先生も親も男子が泣いたら「男の子なんだから泣かないの」と言ったり「罰として女子は雑巾がけ、男子はグラウンド5周!」みたいに「差」を付けたり、つまり「男の子はこう、女の子はこう」という各々の性別に合わせた指導を行う事が当たり前だったんですよね。
実際私の子供の頃もそうで、当時なら当たり前だったし私も子供の頃は何も思わなかったのですが、今の私はそれが「おかしな事」だと感じています。
 
なぜなら、例えばクラスで飼ってたカメが死んだとしましょう。
そこで、その哀しい出来事を受け同じように涙腺が備わった人間なら、同じように泣くのは男子も女子も関係ないことだと思うですが、当時は女の子は泣いてもそっとされて「男は泣くもんじゃない」と言い聞かされていたわけです。
 
それは「泣く」という人として当たり前の行為に対して大人が勝手に「その性別らしくないから」という判断基準で「キミは女子だから泣いてヨシ!キミは男子だからダメ!」と制限をかけてるということで、私は今となってはそれが男子への人権侵害に思えるのです
また、生徒への罰も、本来なら男女共通の罰(反省文とか)を与えるべきなのに、男子だけ確かにいつも体力的にキツイやつを与えられていたので、これも男子が可哀想です。
昔はそれが普通とされてきましたが、今の私はそういう教育を受けてきた男子のことが可哀想だと思います。
で、女子の立場でそれを見てきた私でさえそう思うという事は、実際にその教育の対象者だった男子はどういう風に思うかと推測すると「俺って可哀想」なんじゃないかと。
 
もちろんその「俺って可哀想」という被害者意識に自覚がある人と無い人はいると思いますが、しかしどんな男子でも一度は子供の頃に感じたであろう「なんで男子だけこんな目に?」っていう不公平感は種になって、その子の中に宿る気がします。
そして、その種がどれだけ成長するかはその人次第ですが、成長しながら男子差別を受けるたびに、その種は意識下で大きな被害者意識に育つのではないでしょうか。
ここまでが、私が「マッチには被害者意識があるのでは?」と思うに至った経緯です。
 
というわけでずっと謎だった彼らのあの「威張りっぷり」の原因がわかりました。
マッチはおそらく弱いものの前だと強く出て「自分は強い!」と見せびらかすことで、自分の被害者意識を慰めているんだと思います。
そしてそれがエスカレートすると「自分は厳しいこと言われて耐えてきた男だからすごい!女は厳しいこと言われてないからすごくない!同等の口きくな!」という歪んだ「男としての自負」を持つマッチになるんだと思います。
 
 
 最後にマッチにお願い
 
好きなように書いてきたので、ここまでの話に色々と納得できない方もいると思いますが、まぁ私も自分が言ってる事が全部合ってるなんて思いません。
でも「そう思うこと」として書き示すのは許してほしいです。
 
私は、この世の中を構成するのはたまたま男と女に産み分けられてしまっているけど、結局は全員ただの人間だと思ってますので、性別で扱いが変わることなくできる限りは同じ扱いを目指すほうが良いと思ってます。
「男は色々なものを守るために戦うんだ!だから強くなくてはならない!」という考えが主流の時代もありましたが、これからの時代はその「強さ」が腕力とか権力だけを指すのではないと思いますし、ましてそれを望まない男性にまで強制する教えではないと思います。
今そこに対して思うのは「それ別に男に任せなくて良くない?」とか「強さって腕力とか権力のことだけ言ってない?違う強さもあるよ?」てことです。
 
だから教育に当たる場面では、これからの男子が新たに「あー男子は損だなぁ、女子はラクしていいよな〜」という被害者意識の種を宿さないような教えを大人がしてくれることを願ってます。
 
さて最後にマッチの人へお願いを書きます。
私、さんざんあなたのことこき下ろして書いてるように見えたかも知れないけど、書いてたら以前よりは「うまく共存していかなきゃね」と思うようになりました。
ただ、まだお願いしたいことが一点あるので書きます。
それは「被害者意識の反撃するなら、どうか正しい的に当てて! 」ということです。
 
攻撃するなら、あなたの矛先は「マッチョッチョ教育のはびこる社会」ですから、そこが変わるようにやって下さい。
自分より偉いものには逆らいにくいでしょうし、相手が社会だと攻撃しずらいのは分かりますが、だからと言って標的を向けやすいものに簡単に変えないで下さい。 
あなたの横で「楽をしてきた女子」は一見ズルく見えますし、見るからにあなたより無力ですから攻撃したくなる気持ちも分かりますが、標的はそっちじゃないです。
「女子は甘やかされて育って憎たらしい」と思うなら、そうやって「男女の性差で役割を制限するような社会」を恨んで下さい。
そしてあなたがそういう社会を変えることのほうに力を尽くしてくれたら、私とあなたは同じところを目指す仲間になれますから、その暁には仲良くしましょうね。
 
では、今日から新年度なので皆様よいスタートがきれますように
 
※ 追記  書いてる側からまた新たに保育園問題で「生んだのはあなただ」とか言う政治家マッチが出てきて、パトラッシュぼくもう疲れたよ…
来週からここは巾着バッグの作り方でも載せる趣味ブログにするよ…