介護の仕事をしてた頃のこと。
介護職というのは、望んで門を叩いてくれる人もいますが、まぁご存じのとおり最後の受け皿といいますか、「リストラされて職安通いをしてたら勧められたので試しに来てみた。」てなクチの人も少なくありません。
要するにこの業界、一口に「新人さん」と言っても、若者とは限らず、むしろ中年以降の方のほうが多いんじゃないかという業種であります。
そんなわけで、私も5年勤めているうちに、老若男女さまざまな新人さんのお世話係をしてまいりました。
その中で一人とても印象に残ってるというか、忘れたいのに忘れられない人がいまして、今週のお題がまさに 「印象に残っている新人」だそうなので久々にこのお題でひとつ書こうと思います。
私の働いていた介護施設は、いちおうデイサービス(日帰り)とショートステイ(短期入所)の方のための施設だったのですが、短期入所の利用を組み合わせてずっと泊まりっぱなし(帰宅することは無いので実質入所してる状態)の方も数人いらっしゃる小規模な施設でした。
私はそこで介護員をしていたんですが、ある時パートタイムで入社されたのがその人、オダカさん(仮名)でした。
オダカさんは見るからにザ・おばちゃんという感じの人で、第一印象は「ちびまるこちゃんのお母さんぽい」と思いました。なによりその印象付けに一役買っていたのは、彼女の髪型。
パンチなんですよ。
しかも「さては、今さっきロッドを外したのでは…?」と思えるほどにグリングリンが効いてて「あーし、初出勤に備えて気合い入れてきたんでぇ、そこんとこ夜露死苦ゥッ!」と言わんばかりのかけたてホヤホヤ感のあるパンチパーマだったんですね。
それでいて、ご本人の態度はヤンキーどころか、これがめちゃくちゃ腰が低かったんです。
こんな感じ。(つーかこの絵iPhoneのメモ機能で描いたんですけど、今こんなカラーとか出来てすごいですね。便利。)
で、私の職場ではいつも朝ミーティングがあったんですが、その時にボスが「じゃあオダカさん自己紹介お願いします」と言うと彼女は一歩前に出てこんなような事を一気に言いました。
「エートね、オダカです、私ねオバちゃんでしょ、こんなね、オバちゃんですからね、足手まといにしかならないと思うんだけどね、こうしてね、若い皆さんに囲まれてね、出来ることやって、お役に立ちたいと思ってますんでね、エエ、介護はね、初めてなんですけどね、体力は自信あるの、頭はからっきしだけど、ってアハハ、まぁね、お手柔らかにね、オバちゃんのこといじめないでね、仲良くしてくださいっ」
挨拶1つでオダカさんが「こんなような人なんだ」というのが職員全員になんとなく伝わった見事な挨拶でした。読んでる皆さんにも分かったと思います。
で、最初は「ちょっと変わってるか?」と思ったオダカさんでしたが、慣れてくると確かに有言実行で体力仕事は本当に率先してやってくれたんです。
特に利用者さんの入浴介助って、うちはマンツーマン方式だったので、1人で2人続けて入れると介助者も汗ダクになる重労働なんですね。
夏場なんか男子でも3人続けて入用介助をやるのはキツいのに、オダカさんは2人続けて介助した後も「もうさ、面倒だからアタシもう1人やっちゃうわ!それで午前のお風呂は終わりだからお風呂掃除もしておくから!」という感じだったので、だんだんと職員の見る目も変化していき「オダカさん頑張るねー、いい人入って良かったねー」と評価は上がっていきました。
そういえばオダカさんのことをさっき「腰が低い」と書きましたが、オダカさんは歩くときにマジで腰を下げてました。
ふつうの人が歩く時の姿ってこう、背筋を伸ばしてスタスタと歩くと思うんですが、オダカさんは1人で歩いてる時そのようにスタスタ歩いていても、誰か他人と近づくと「へぇへぇ今日もいいお天気で」みたいな事を言いながらいつもぺこぺこして歩いてました。(下図参照)
結局オダカさんがなんでそんなに腰を下げてるのか理由は最後まで分からなかったのですが、思い出したので書きときました。話を戻しますね。
そのように他の職員からは評価を得てきたオダカさんでしたが、私だけは徐々に「オダカさんの腰の低さって色んボロを隠すためなんじゃ…?」と思うようになってきました。
なぜかというと、実際教育係の私はたびたび彼女の言動にギャフンとなることがあったのですが、その度にオダカさんはぺこぺこはするものの信念は何1つ変えないのです。
例えば、オダカさんには少しでも「体力仕事」以外のことを教えようとすると
「イヤイヤイヤイヤイヤイヤ!ムリムリムリムリムリ!!オバちゃんだから!アタシなんてオバちゃんだから!そういうのは頭の回る若い人が頑張って!無理だから!力仕事ならなんでもやるから!」
といつも全力で拒否られました。
私はこの時、なにも「通所介護計画書の書き方を教えます」とか言ってませんよ。
教えようとしたのは、うちの施設には毎月利用者さんの送迎に使う車が3台あるので「月末にその3台の車の走行距離の数字を見てメモっといて下さい」って仕事なんですよ。
これは月末の最後に車を使うに当たった職員は誰でも全員やることなので、事務仕事と呼べるほどのものでもないし大人なら「難しいからムリ」というレベルの仕事じゃないと思うんですね。
でもオダカさんには「事務仕事はダメなの!オバちゃんだから!」という因果関係の分からぬ言い訳の一点張りで拒否られ、私は「世の中にオバちゃんの事務員何人いると思ってんだよ…」と思いました。
こんな調子でオダカさんには普通の理屈が通じないことがよくありました。
そのつど私が「や、あのイヤとかじゃなくて、仕事なんでやって貰わないと…」と言っても「ムリムリムリムリ!」と拒否られ、二言目には「そんなら辞めるよ!」と「職を辞する覚悟」を突きつけられてしまうので、いつもこちらが折れる形になっていました。
オダカさんはおそらく自分の言いたいことを強調したい時になると、周りが見えなくなるというか論理がむちゃくちゃになる人なんだと思いますが、後にそのことがよく分かったエピソードが1つあります。
とある日のデイサービス。
利用者さん達と紙風船バレーをしていた時に20歳の男子職員田中くん(仮名)がリフティングみたいにして「ほっほっ」と紙風船を操って利用者さんを楽しませたんですね。
そしたら見守りをしていたオダカさんも「いや〜さすが若いわ!足があんなに上がって、ホラ○○さん見て田中くんが凄いことしてるよ!」と側にいた利用者さんに声かけをしてくれて、寝ていた利用者さんも目を開けて「本当だねぇ」と笑ったりして
こんな感じのすごく和やかでいい雰囲気だったんです。
しかし私の心の叫び虚しくオダカさんは火が付いてしまったようです。
「だいたいね昔なら60なんてとっくに死んでる歳なんだから!そんなあたしに出来るわけないでしょっ!年寄りからかってこの子は本当にもうっ!」
私が、さすがに止めねば…と思って立ち上がると、田中くんが言いました。
「もーオダカさん何言ってんですかー!
オダカさんの歳で棺桶ならここのみんなはとっくに燃やされてる頃でしょー!」
田中くん…
私はドキドキしました。
しかし次の瞬間
「そりゃあ違いねぇ!」と一人のお爺さんの合いの手が入りその場は笑いに包まれました。
…よかったぁあ~。
さすが老人は懐が深い。田中くん結果的にグッジョブ。
そんなわけでその場は丸く収まったのですが、田中くんの冗談が冗談として消化されたから良かったものの本来なら80歳超えの人の前で「60歳はすでに死んでもいい歳」と言うのは失礼ですよね。「80超えて生きてる俺はなんなんだよ」ってなりますから。
もしオダカさんがそこに気がつかなくて、今後気難しい利用者さんと一対一の時にまたそんな事を言ったらトラブるので、教育係として私は一応オダカさんに「その認識があるか確認しなくては」と思って「あの、さっき皆さんの前で言ったのけっこう失礼だって気がついてます?」と聞きました。
オダカさんは「ハテ?」という感じだったので、上記のようなことを説明をするとそのまま神妙な顔をして頷き、最後に顔を上げて
「あたし難しいことは分かんないけどさっ!とにかく頑張るねっ!」とニッコリされました。
このようにオダカさんと接する時に私は何度「暖簾に腕押しとはこのことか」と思ったか知れません。
しかし、オダカさんのとんでもない発言には、ギャフンを通り越して私も思わず笑ってしまったことがあるので最後にその話を書いておきます。
それは利用者さんに「お昼寝をしたい」と言われて、その対応をオダカさんに教えていた時のこと。
空いている寝室を見つけて、ベッドメイキングを確認して、トイレ介助して目覚まし時計を合わせて利用者さんをベッドへ移乗して、と私はオダカさんに教えながら一緒にやっていました。
オダカさんはずっと「ハイ」「ハイ」と熱心にやってくれていたので、私はそれだけで良かったのですが、すべて整い部屋から出る頃にオダカさんは「桜島さんがあんまり全部1人でテキパキやってくれてるから、最後くらい自分も何か気の利いた事を言わなきゃ!」と思っていたらしいのです。(後から本人談)
そんなことはつゆ知らず、私はふつうに部屋から出る際にドアを閉めながら「じゃあ○○さん、ゆっくり休んで下さいね~」と声かけをしました。
すると「なんか同じようなことを言わなきゃ!」と焦ったオダカさん。
とっさに出た一言がこれ
「○○さん、安らかにお眠り下さいね〜」
私
オダカさん、それ似て非なる!
似て非なるやつだから!!!
確かに「ゆっくり休んで」とニュアンス近いけど「安らかにお眠りください」って、永眠向けのやつだよ…!
利用者さんはお耳の遠い方だったので、たぶん聞こえてなかったと思うんですが、オダカさんはさすがに口に出してみて自分でも気がついたのか「アレ!?なんか今、あたし変なこと言ったね!??」とワタワタしていました。
そんな愉快なオダカさん、1年くらいお勤めしてくれたのですが、最後は「思ったより遠くて通うのが大変」という「高校生が初めてバイトを辞める時の言い訳」みたいな理由を残して辞めてしまいました。
オダカさんが辞めた後は残念なような、そうでもないような不思議な気持ちになりました。
そんなわけで今日は私が妙に忘れられない新人おばちゃんの話でした。
ではまた。
今週のお題 「印象に残っている新人」