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限りなく透明に近いふつう

やさしい鬼です お菓子もあります お茶も沸かしてございます

「男子のムラムラ防止のために女子を縛る」はおかしいよねって話

 

 

かれこれ20年くらい前の話なんですけど。

私の通ってた中学に、ちょっと変な校則があったんですよ。

女子の髪型に関する校則なんですが、「前髪は眉毛の上まで」とか「脱色やパーマをしてはいけない」ってのは、たいていの学校の校則でもあるじゃないですか。

でも、うちの学校はそれにプラスして「肩につく長さを超えたら、2つに結うこと」ってのがあったんです。

 これ、一見「別に普通じゃん」って思うかもしれませんが、わざわざ「2つに結う」と限定されているのがポイントで、ようは肩より長い髪の「1つ結び」は禁じている校則なんですね。

それでも 「別に1つ結びも2つ結びも大差ないじゃん」と思う方もいると思います。

でも髪の毛を2つに結うのと1つに結うのって、本人の感覚的にはちょっと違うものなんですね。

夏場の暑い時に両肩に感じる熱感とか、スポーツする時の煩わしさとか、微妙にですけど1つ結びと2つ結びでは「邪魔ぐあい」に差があって、あとその年頃の子って、「限られたルールの中でも自分なりの好きな見た目でいたい」っていう洒落っ気全開な時期じゃないですか。

だから女生徒の中では「1つ結び」を禁じられて「2つ結び」の1択になることを「大差」に感じる子も多くて、その校則への不満の声は入学当時からよく聞かれていました。

 また、不満の原因はその校則が「うちの学校だけ」って所も大きかったと思います。

うちの学校が特に厳しい私立だとか、もしくはその付近のどこの公立学校でも同じく「1つ結び」が禁じられていたなら、まだうちの学校の生徒も納得できたと思うんです。

でもうちは公立中学だし、付近の他校には別にそんな校則はなくて、ただ「結べばいい」ってだけだったので「なんで同じ公立中学なのに、うちの学校だけその校則があって、私らは従わなきゃならないの?」ってなっちゃったんですね。

それで、徐々に塾とか部活の試合とかで他校の女生徒を見る機会がある女子達を中心に、学内ではその校則への不満の声が高まっていきました。

 私自身はショートヘアだったので、そこまで強く不満を抱く程では無かったけど、『同じ公立学校同士なのに、校則でよそとうちの違いがある』って事には「そうなんだ、なんでだろう?」くらいの疑問はありました。

 多分、不満の声を強く上げる子達も「せめてそこに自分達が納得の出来る理由が添えてあったら諦める。」って感じだったと思うんです。

でも生徒手帳には理由まで書いてないから「そこを知らないまま、ただ校則に従いたくはない。大人の言うことをただ鵜呑みにはしたくない。」みたいな、中学生特有の尾崎イズムが発動してたのかもしれません。ギリ尾崎世代なんで。

 んで、この動きがどうなったかというと、生徒会の先輩女子の方々を中心に学内で「1つ結び解放運動」が本格的に始まっていったんです。

全校アンケートで、

・この校則は変だと思うか?

・この校則に不満を感じるか?

・1つ結びが禁止である理由が知りたいか?

みたいな内容の設問にそれぞれ「Yes/no」のマルを付けるみたいな用紙のやつをやったりして。

ちゃんと生徒会も動いての事だったんで、先生達も無視できずに、結局しばらくして先生側からその校則がある理由について、回答があったんです。

その回答は1枚のプリントとなって、生徒会室の廊下に貼ってありました。

正確な文面は忘れてしまいましたが、私はその回答が予想のナナメ上を行くものだったので読んだ時、「えっ」となったのだけはよく覚えてます。

学校側の回答はこんな感じでした。

当校、校則の○条『女子の髪型の指定について』の制定理由は、『女子生徒のうなじがあらわになることにより、男子生徒及び男性教員へ悪影響があると考えられる』からである。本来この規定は、うなじがあらわになるポニーテールの髪型を禁ずる目的だったが、ポニーテールか否かを判定する基準は“結び目の高さ”という曖昧なものなので、誰の目にもこれを判別できるよう、1つ結び自体を禁止したものである。

 これを読んだ時、私は小さく「ん?」となりました。

そして、さらにこの学校側の回答プリントとは別に、すでにこれを受けて生徒会と先生が交わした質疑応答が書いてあるプリントも貼られていました。

そこには私が1枚目で「ん?」と思った点についてさらに突っ込んで書かれていました。

 質問「男子生徒及び男性教員に与える悪影響とは具体的にどんなものですか?」

回答「女子のうなじは、男子を誘惑するものであるため、勉学の妨げになる事が悪影響と言える。」

 こんな感じでした。

ここで私は「えっ?」となったんですね。

ようは、簡単に言うとこの校則って「女子のうなじは男を誘惑するものだから、それが見えるポニーテールはダメ。でもポニーテールかただの1つ結びかの判定が紛らわしいから、いっそ1つ結び自体をダメってことにしましょうや」ってことなんですよね。

 学校側の回答はもっともらしい気もするけど、でもなんか変。

当時の私は、そう思いました。

でもその「なんか変」というモヤモヤを「何がどう変なのか」を深く考えて言葉に出来る力がまだ中学生の私にはありませんでした。

とりあえず先にことの顛末を書くと、その後に生徒会がさらに頑張って先生と直談判を続けたらしくて、結局2年になった年にうちの学校の校則は変わり、晴れて1つ結びが解禁になりました。

私は相変わらずショートヘアだったので「やったぜ!」って感じではなかったものの、髪の長い友達がすごく喜んでいたのは嬉しかったし、「生徒発信でも校則が変わるもんなんだなぁ」ってところに感動したのは青春の1ページとして記憶に残っています。

で、昔話はここで終わりなんですが、なんで今日こんな古い話を持ち出したかというとですね、最近私、その時は言葉にできなかった「モヤモヤ」の正体がなんだったのか、なんとなく分かってきたからです。

あの時の「なんか変」というモヤモヤは一言で言うと「その校則の作られた発想があまりに男性中心過ぎることに対する不満」だったんだと思います。

 

どういうことかと言うと、ここ数年、私は以前より女性の人権について意識をして生活していて感じることがあるのですが、それは、簡単に言うとやっぱし世の中の常識や空気がまだまだ「男性有利な部分が多いなぁ」ということでして。

例えば、性犯罪のニュースの話題では、加害男性を責める声と同時に「そんな時間にひと気の無い所にいる女も悪い」「ミニスカートを履いてるのも悪い」みたいに、被害女性の非を責める声も上がったり、そういう「被害女性の落ち度」が原因で加害者男性に有利な判決が下る現状があります。

これがもし食い逃げ事件だったら「先払いシステムにしない店が悪い」という声はほとんど上がらず、食い逃げ犯を責める声が大多数だし、空き巣事件だったら「そんな金のありそうな家に住んでいてセコムしてない家主が悪い」って声もあんまり出ずに、泥棒が責められるだけのことが多いと思います。

でも性犯罪事件だけは違う。

被害者の非を責める声は他の事件に比べて多く上がるし、「加害者の動機を作った被害者にも責任がある」と言わんばかりの判決になることもあって、つまり性犯罪だけが他の犯罪に比べて「被害者の非」を取り沙汰されやすいような空気を感じるんです。

それって、いわば被害女性がただそこに居ただけだとしても、加害者目線のある男性に「お前のせいだ。お前がそんな恰好してるから。お前が誘っていたからだ。」って言い訳さえされてしまったら、簡単に「双方に責任が」にされてしまう空気が蔓延してるってことだと思うんです。

そうなると、この国において「男性から女性への性犯罪」というのは、男性には逃げ道いっぱいで、女性は狙われたら必ず泣きを見る事態なんですよね。

もちろん、全ての人が「男性から女性への性犯罪」に対してそういう風にすぐ「女も悪い」的な発想をする人ではないですが、世の中にはすぐ「でもそんな女も落ち度あるよな。」な発想をする人もたくさんいます。

それで、そういう声を耳にするたび、私は例の校則を思い出すようになりました。

それは「発想」が同じだから。

つまり、どういうことかというと

 女のうなじは男がムラムラするもの→学校で男子や男性教師がムラムラさせられたら困る→だから女のうなじは隠すべき→女のうなじを隠すルールを作ろう

 これが、例の校則が作られた発想だと思うんですが、これってようするに

「男がむやみにムラムラさせられない工夫のため」に「女に規則を科す」って考え方で、極端に言えば「男に不都合が生じないために、女がなんとか頑張れ」ってことなんですよね。

私はこの「男をむやみにムラムラさせられない工夫のため」に「女に規則を科す」って発想がおかしいと思うんですが、これがどれだけ変な発想なのか分かりやすく例えると、定食屋の表に日替わりランチの料理が1つ見本で出してあることがあります。

アレに対して「こんなもの、腹が減ってる人が観たら食べたくなるじゃないか!でもこの見本を食べたらいけないことになってるんだから、国はこういう見本は禁止させろ!」って言ってるようなもんだと思うんですよ。

「食いしん坊の食欲がムラムラさせられない工夫のため」に「定食屋に規則を科す」って、「いや、それ店に規制することじゃないじゃん。食いしん坊が自制することじゃん。」ていう感じですよね。

でも、こんなおかしいことが、なぜか「男女」だとまかり通っちゃうのが「おかしいな」と。

 そして私は、この発想が根っこにある人が性犯罪事件の時に「女も悪い」を言うタイプなんじゃないかと思うんです。

つまりこの発想がある人って、思考の流れが

 男性から女性への性犯罪事件が起きる→性犯罪事件は男に不都合な事態→女は男に不都合が起きないために頑張らなきゃいけなかった→頑張り不足の女も悪い

 ってことになってるんじゃないかと思うんです。

だからそういう人は被害者女性がどんな人であれ「全面的に男が悪い!」という発想にならず「女も悪い」となるんじゃないかな、という気がします。

 で、校則のことに話を戻しますと、この「男に不都合が生じないために、女がなんとか頑張れ」という発想は、やっぱり昔の男性優位時代の名残りだと思うんです。

きっと校則が作られた時代はその空気が当たり前だから、すんなりと「男子をムラムラさせてしまう髪型をすることは女子に禁じましょう」となったんじゃないかと思います。

でも、これに対して私は「ムラムラする、しない」のは男子一人一人の意識の問題だと思うんです。

だから、そこに学校が口を挟むなら、女子に縛りを与えて一件落着じゃダメなんです。

なぜなら、学校がいくら「女子への縛り」を作って「男子に不都合を与えない環境」を用意しても、その環境が一生続くわけじゃないからです

生徒が大人になって社会に放たれた時、社会には服装規定などありませんから自由な恰好の女性がたくさんいるわけで、それは、女性も人間だから男性と同じく、それぞれに好きな服を着て、それぞれの生活ペースで生活して同じ世の中に生きている存在だから当たり前のことなんです。

でも、性犯罪に走ってしまう男性は、それが「ムラムラする姿の女だった」という理由で、相手に性欲をぶつけて、そして捕まった時には「相手が誘っているように見えた」とか「性欲を我慢できなかった」と言い訳をします。

これは「自分の我慢の無さ、性欲の自制の効かなさ」という非を棚に上げて、まるで「校則を守らずに男子をムラムラさせた女子も悪い」という風に「女子の非」にすり替える考え方で、まさしく、根底に「男に不都合が生じないために、女がなんとか頑張れ」の発想が受け継がれてしまっている証拠だと思います。

 

私がもし教育者だったら、生徒たちが今後の人生で「男女とも性犯罪の被害者にも加害者にもならないため」には、「男子がムラムラさせてしまう髪型をすることは女子に禁じましょう」という風に「女子に縛りを与えて一件落着」にはしません。

なぜなら学生時代にそれをやるということは、生徒たちに「男子のムラムラ防止のためには女子が縛られなくてはならない。」という誤った環境見本の場を与えることになると思うからです。

もちろん、女子にもある程の風紀を重んじた規律は必要ですが、正直私は「男子生徒に悪影響」だからといって「うなじを隠す、隠さない」みたいに細かい校則作ってもたいして意味ないと思うんですよね。

うなじに欲情するか、足首に欲情するか、指先に欲情するかなんて男性1人1人違うわけだから、全方位的に「男子がムラムラしない女子」を作ることなんて不可能なわけで、それを作ろうとすることは女子全員をひどく縛ることになるし、学生時代にいくらそうやって女子の身体を隠しても、社会に出たら関係ないし。(社会に出た女性までそれを強要するんだとしたら、それこそ女性に不自由な社会です。)

だから、どっちかというと生徒たちには「ムラムラすることは人として仕方ないけど、そのムラムラをコントロールするのも人として学ばなければいけない」とか「性欲を誰かに一方的に向けることは暴力である。」ていうことを社会に出る前に叩き込む場になるのが、学校とか校則の役目じゃないかな、と思います。

 女性は、男性に都合よく生きてもらうために存在してるわけでなく、その人その人の人生を男性と同じように送っているだけで、それは学校内でも、社会に出ても同じことだと思います。

自分の生徒には、そそる相手からの誘惑があるように見えても、その時に「まてよ、自分がムラムラしてるからそう見えるだけ?本当に相手は嫌がってない?ムラムラしてるから自分に都合よく解釈してないか?」という自制が働く大人になって欲しい。

そのためには、あえてわざわざ女子のうなじを隠す校則を作るより、ある程度普通に男女が過ごせる環境で、ムラムラせざるを得ない状態でも自制する練習が出来る環境のほうが良いんじゃないか、という気がします。

自制が効く大人が増えて、ミニスカートを観ても「あんなに足をだして男好きに違いない、男を誘ってやがる」みたいな発想をせず、「本人がしたい恰好してんだな」ってすんなり思う人が増えてくれると性犯罪が少しは減るのかな、とも思うので、そうなったら嬉しいです。

 

今は無き校則ですが、昔モヤモヤしてたことの正体が分かるようになったので、まとめるために今日は書いてみました。

 

ではまた。