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限りなく透明に近いふつう

やさしい鬼です お菓子もあります お茶も沸かしてございます

男子座りション問題について本気出して考えてみた。

 

はじめに

こんにちは。

突然ですが、皆様のお宅でトイレ掃除はどなたの役目でしょうか?

一人暮らしの方のほとんどはご自分でされていることでしょうし、「うちはお父さん(夫)がやっている。」「当番制にしている。」「気が付いた人がやっている。」なんていうご家庭もあるでしょう。

しかし、やはり圧倒的に多いのは「お母さん(妻)がやってる。」というお宅ではないでしょうか。

実際、某製薬会社のアンケート調査によるとトイレ掃除をやる男女比率は「男性6割、女性9割」だそうです。

つまり、女性はほとんどの方が日常的にトイレ掃除をやるけど、男性は4割もトイレ掃除にノータッチの方がいるということなんですね。

この割合の差には少し驚きますが、まぁ考えてみれば、現状、家事全般を女性の役目としている家庭が多いので、トイレ掃除も当然そこに含まれるわけですから、当たり前といえば当たり前ですね。

「日本の男女の家事分担割合が偏ってる」ということは個人的に気になる点ではありますが、今日は本題が違うのでそこはとやかく言いません。(家事を分担するか、どう分担するか、というのは各家庭で良い具合がそれぞれ違うものですし)

ただ、このように「トイレ掃除が主に主婦の仕事になっている」という現状があるがゆえに、ここ数年巷でよく聞かれるようになった家庭問題の一つが、私は気になっています。

 それはずばり、「家庭内男子座りション問題」です。(名称が長いので今日は「座ション問題」と略します。)

これだけで何の話かピンとくる方もいると思いますが、まったく初耳の方のためにざっくり説明しますと、家庭内座りション問題というのは、家庭内でトイレ掃除を請け負う妻が「立ちションだと汚れて掃除が大変だから座ってして!」と夫に求めるも、夫は「男が座りションなんかできないよ!」と拒否したり、しぶしぶ承諾しても口だけで行動が伴わなかったりして、そのことが原因で夫婦が揉めてしまう状態のことです。

今日はこれについて思う事がたまってきたので書きたいと思います。

 

トイレクイックルのCMにモヤる

少し前、私はこういうツイートをしました。

 

これは、現在放送中のトイレクイックルのCMが流れ始めた当初の感想を述べた呟きでした。

このCMは主婦役の木佐さんの叫びからはじまって

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 「また立ったままやったな!?」と怒る木佐さんが振り返ると、夫と息子役の二人が「やっべえ」と萎縮して

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「ジャーン!拭くだけで、尿ハネが原因で発生する臭いを予防するよ!」という紹介説明が入った後、木佐さんが掃除をして

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 最後は綺麗になったトイレを見ながら木佐さんが「次からは!?」と言うと、夫と息子が「気を付けま~す」と言って、ちゃんちゃん、という感じに終るものです。

このCM、放送開始当初は今書いた内容で、私にとってツッコミどころ満載でした。

でもこのブログを書くのに日数がかかってるうちに最近流れているのを見たら、冒頭の「また立ったままやったな!?」のシーンがカットされて、その分ラストに「夫が床を拭くシーン」が追加されてました。

おそらくですが、立ちション派の男性からの「立ったままやって何が悪い」とか「いきなり怒られてるみたいで気分悪い」みたいなクレームが多かったんじゃないかと思います。(あと女性からの「男の尿ハネなんて自分で拭かせろや」って言う声も)

確かに、立ちション派の男性がこのCMを見たら「世間が立ちションをタブー扱いしはじめた印象」を受けるでしょうし、CM自体も「女に立ちションを禁じられた男達が、それに素直に従って一件落着」というストーリーですから、一部の男性はさぞ不快だったことと思います。

そして女である私も、このCMの当初のバージョンには全体的に「なんか違う」と思ってモヤモヤしていました。

どういうモヤモヤかというと、

なにこれ、「また立ったままやったな!?」と怒られるってことは「立ちションして怒られる家」という設定なの?なら、この家は基本全員が座りションルールなんだから「尿ハネ臭予防クイックル」の出番がさほど無い家ってことにならない?わざわざこのCMの為の架空家族がなんでそんなメインターゲットからズレた設定背負ってるの?

「これからは気を付けます」って言ってる男子は何に気を付けるつもりなの?「立ちションしないように気を付けます」なの?ならあんた達、この立ちション尿ハネ臭対策のクイックル要らなくない?それとも「汚したら拭いて出てくるように気を付けます」なの?なら、今汚れてる床を男子が拭かず木佐に拭かせるのはホワイなぜに?

っていう感じです。

この私のくどくどモヤモヤは、冒頭の「立ったままやったな!」→「また汚したまま出てきたな!」で、「妻が床を拭く」→「夫か息子が床を拭く」だったら解決するのに、と思ってたので、後からその二か所が変更になったバージョンを見て、「やはり人の思うところは一緒か」と思いました。

 また、私も一番「げっ」と引いたのは「立ったままやったな!?」のシーンなのですが、私の場合は男性とは違った意味でそこを嫌だと思いました。

私が嫌だと思った理由は、本来、人のションスタイルってものは、本人の自由であるべきだし、そこについて他人(家族といえど)が命令や指示する、っていうのは「人権侵害に値するレベルの理不尽な行為」だと思うからです。

だからそういうシーンをCMで堂々と流して「立ちションを叱る=市民権を得てる行為」みたいな印象になるべきではない気がしたんです。

でも私は、実在する「家で立ちション禁にしたり、それを破った家族の男子に怒る、世の主婦達」までも批判するつもりはありません。

というのは、周りの主婦の声を聞いていると、彼女たちはなにも一方的にそのような理不尽な要求をしてるわけじゃないんですよね。

あくまで、ほとんどの妻は夫がトイレ掃除の役割自体も引き受けないし、立ちション後に床が汚れてても拭かないから、終始自分が汚してないトイレの後始末ばかりさせられている。」という理不尽さを先に受けているからこそ、やむをえず「トイレを自分で拭かないならせめて立ちションをやめて」という注文を男性に出してる。

最初に相手が理不尽だから、こっちも多少理不尽な注文にならざるを得ない、というか。

「家事は妻の役目」で「トイレ掃除は家事に含まれる」ということが、いくら夫婦で合意してたとしても、毎日毎日自分のせいじゃない尿ハネ拭いて家じゅうの男子に「それが当たり前」って顔されてたら、妻は自分の自尊心が削り取られる感覚が湧くと思います。

特に夫の尿ハネなんて「子供のならまだしも、なんで大の大人の尿ハネを拭かされてんの私…」ってなるでしょう。

だから、各家庭が座ション問題に至るまでに、そういった事情やいきさつがあることを考慮すると、CMでそういったシーンが流布されることは責めるけど、各家庭に実在する「また立ったままやったな!」と怒る妻のことまで私は責める気にはならないのです。

でも、CMを見る人の中には、実際に各家庭にある事情を考慮できる人ばかりではないので、そういう人が木佐さんの演じる妻を見て「男性のションスタイルまで決めようとするただのヒステリーチックな鬼嫁」という部分だけを抽出して、一般的な主婦像を歪んで捉えたり、「ただでさえ、最近の女は偉そうなのに、男の立ちションまで否定しはじめたのか!」という思いを植え付けたりするのが私は嫌だと思ったのです。CMが無駄に男女の対抗意識に火をつけてる感じがして。

そもそもですね、周りの主婦の声を聞いていると、ほとんどの女性は立ちション行為そのものを「忌み嫌っていたり、否定したい」なんて思ってないんですよ。

私も含め、多くの主婦たちが男性のションスタイルに関してどう思っているかと言うと「無関心でいさせてくれよ」です。

ですから、座ション問題で怒ってるほとんどの女性も、べつに「立ちション行為そのもの」を否定したいわけじゃなくて、単に「尿ハネを自分で拭かないのに、立ちションをし続けるその精神」がイヤなだけなんです。

 なのに、このCMでは女性が「立ちションを嫌う、立ちションを許さない存在」って感じに描かれてるように見えるので、私は「そうじゃないんだよな……」という不快感を感じていました。

 

私は「トイレの清潔を保つにはどうしたらいいのか」という課題の解決には、本来ションスタイルは関係なく、「汚した人が後始末する」という極めて基本的な生活ルールを男女供に守ればいいだけのことだと思います。

でもその基本的なことを守らない夫のせいでションスタイルにまで口出しをさせられて、鬼嫁みたいに言われる主婦。基本的な事を守りさえすれば立ちションも思いのままにしていいのに、立ちション自体が「世の中的に禁じられた行為」と思わせられる男性。両方損してる感じ。

当初バージョンのCMは、そういった意味で「誰得なの?」な内容だったように思います。

 

私が座ション問題を気にする理由

で、長くなりましたがここまでは前置きです。

先ほども書いたように、そもそもトイレクイックルCMがこうなったのは、ここ数年の「座ション問題」に関する主婦の声を映像に反映させようとしたからだと思うんです。

確かにここ3.4年くらいの間に、自分の周りの主婦の方からこの話題が出るのを良く聞きますし、テレビやネットでも取り上げられるようになっていると思います。

実は当の我が家ではこの問題が起きてないのですが、私は巷でよくこの話が聞かれるようになってから、関心を持って見ています。

なぜなら、本来「汚した人が後始末する」というこんなシンプルなルールで解決することが夫婦で折り合いがつかず、そこかしこの家庭で問題化するということは、そこにやはり多くの家庭内で男女の力関係の差とか、男性の傲慢さが存在するように思うからです。

私は、家庭を円満に保つためには、「外で働いてお金を得る」とか「家事や育児をやる」という「夫婦それぞれが家の為にしてること」に対して、お互いに感謝し、その意を示しあっていく必要があると思うのですが、やはり「収入を支えている男性」が家で威張っていて、妻に感謝もしていないケースはよくあると思います。

さらにタチが悪いのは、収入面でさしたる差はないのに、なぜか「男だから」という無意味な理由を根拠に家で妻に威張っている男性。意味わかんないです。

そういう男性は、幼児でも守れる「自分で出したお道具は自分でしまいましょう」とか「自分がこぼしたお水は自分で拭きましょう」といったルールさえ家で守らずに妻にやらせますから、当然、自分が立ちションで飛び散らかした尿ハネを妻が拭き掃除することも「当たり前」と思っていることでしょう。

これが、一昔のように男女供に「女性が男性の後始末をすることが当たり前」という頭であれば、夫がいくら立ちションで汚そうが、妻は「汚すのはあなただからあなたが掃除をして」とか「掃除がいやなら、せめて汚れにくいように座りションにして」という注文をつけず、従順に掃除し続けるので衝突は起きません。

つまり夫婦で衝突が起きて、世の中に「座ション問題」が浮上するようになったのは、「ひたすら従順だった女性」の数が減り、「不満があれば声を上げる女性」が増えたことの証であり、時代が少しは進んだ証なのではないかと私は思うんです。

しかし進んだと言っても、まだ揉めている段階ですから、これからもっと時代が進み、「立ちションしたら自分で掃除するのが当たり前でしょ。」とか「掃除が妻の担当なら、座りションするのがマナーだよ。」と言う男性が増えてくると、今度は座ション問題は減ってゆく、という希望的観測を私はしています。

ようするに、座ション問題についての動向は、私がふだん関心を持っている「この国の男女同権の進歩具合や、家庭内の男女のパワーバランス」について変化が読み取れる指標、のように思えるので、私はそこに関心を持たずにいられないのです。

これからも見守っていこうと思います。

 

「男は座りションできない」のではなく「俺は座りションしたくない」だけ

 ところで、テレビで座ション問題を取り上げる時には、かならず「男の座りション!あなたはアリ?ナシ?」みたいなタイトルの街角インタビュー映像が流れますが、そこで私はだいたいいつも気になる人が現れます。それはこういう人です。

 

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 (2015年NHKためしてガッテンより。※モザイクは私がかけました。)

どの番組の街角インタビューでもこのような「男は座りションが出来ない生き物なんじゃい!」という主張をされる男性がなぜか一人はいます。

もちろん毎回同じ人ではなく年齢層は様々なので、おそらく「世の中にこういう男性が一定数いる」ということだと思いますが、私はこういう声を聞いて「はて?」と思います。

なぜなら、先ほど我が家には座ション問題が起きていないと書きましたが、その理由は私の夫は、結婚前に自ら「なんか立ちションってすごい周りに飛び散ってるらしいって聞いてから、立ってするのが気持ち悪くなっちゃって、座るようになったわ。」と言ってた人なので、誰が促すまでもなく座りション派だからです。

つまり、夫は男だけどすすんで座りションをする。だからそれを知ってる私にとって「男は座りションできひん」は事実ではないと分かるし、「いや、男ひとくくりにしないで」という感じなのです。まさしく主語がデカい案件。

私は彼らがそれぞれ「俺は座りションできないんすよ。」と言うなら、異論はないんです。「ああ、そういう人なんだな。そういう人もいるよな。」と思うだけなんです。

でも、テレビで見かける彼らは必ず「男は出来ない」という風に言うので、まるで「これは男の総意だから。女から見たら不満でも、男はそういうものだから。」という風に聞こえ、私はその語り口が「性別の壁があるから諦めてくれ」という主張を通そうとしているように思えてくるのです。

確かにこの世には「出産する役目」のように「性別の壁があってどうしても越えられない問題」というのは存在します。でも、なんでもかんでも問題を性別の壁のせいにして問題の本質から逃れて思考停止する性質の人は、男女どちらの場合でも私は好きではないです。

女性が「女だから」に逃げるのも嫌だし、男性が「男だから」に逃げるのも嫌ですが、私の主観ではこれまでの人生で男性が「男だから」に逃げる場面を見る方が圧倒的に多くありました。

座ション問題では、妻という一番身近な異性のパートナーが「日々不満を持っている」という問題が起きているのに、そこを解決しようとせずに「男は座れないんじゃ、諦めんかい」と言って「性別の壁で自分も思考停止、妻にもそれを強要」する男性は、パートナーとしての誠実さに欠けているように思います。

 もちろん持病があるとか、身体のなんらかの事情で「本当にどうしても座ションできない」という男性もいると思いますが、そういった特別な事情がない人の「座ションしない理由」はただ「妻が不満でも俺がそうしたいからいいんだ」という「おのれの意志のみ」だと思います。

それならいっそ、正直に「俺ってそういう人間なんだ」ということを背負って明かせばいいのに、それ言ったら批判されるのは分かってるから、代わりに「男」や「性別の壁」という一見太刀打ちできそうもないものをかざしてまで、おのれの体裁を繕おうとするその精神が、ズルくて卑怯で嫌。

一人が「男はそういうもんだ」で誤魔化す場面をテレビで流すと、私は、お茶の間で「ホラ、こういうもんだって他の人も言ってるじゃん」と、妻をねじ伏せる男性が後に続く気がします。

だからこういうインタビューの映像を見ると嫌な気持ちになり、「どうせ言うなら「男はできない」と言わず「俺はしたくない」と言えばいいのに」毎回思いながら観ています。

 

 「だって男だもん仕方ないじゃん」が、どれだけアホっぽい言い訳か。

さて、立ちション派男性に嫌がられるようなことを散々書いてきましたが、私は「そうは言っても立ちションしたいぜ。」とおっしゃる男性の気持ちも少しはわかります。

なぜなら、男性は排泄器がホース状なので「そりゃ立ったままやるほうがラクだろうな」というのは道理として分かるからです。

ラクだから古来から男性はごく自然に立ちションをするわけで、今の成人男性が子供の頃は、まだ男児に「座ってしなさいね」と教える親もさして居ませんし、ほとんどの成人男性は小さな頃から立ちション当たり前で育ってると思います。

それなのにわずかここ数年で「立ちションはダメ!」という新常識みたいな声が巷に出回ってきて、納得しきってないうちに、妻に「○○さんちの旦那さんは座ってするらしいよ。あなたもして」という言われ方をしたり、「立ちションは怒られる行為なんです」と言わんばかりのクイックルCMみたいなものを観たりしたら、そりゃ不愉快でしょうし、怒りたくもなりますよね。

私だってもし仮に、ここ数年の間に世の中に「女の座りションはダメ」という新常識が出回って、女が「座ったままやったな〜!」と怒られるCMが世に出たらきっと「は?知るかよ」ってなりますもん。

子供の頃から自他供に「OK」とされてきたものを、急に「NG」に振り分けるのは、自分が納得しなければ、なかなか出来る事ではないですから、人から押しつけられるのは本当に嫌だろうと思います。

しかしですね、近年、立ちションにおける尿ハネの数がデータで明かされて、もう世間的に「立ちションは1日2千滴の尿ハネになり、本当に汚い」ということが徐々に知られてきています。それを知った以上は、人として「立つなら拭く、拭かぬなら座る」を守るのがパートナーへの愛の証じゃないかと思うんです。

もし「床を拭くのも掃除の担当になるのもヤダ!立ちションも辞めない!」を通すなら、妻にそれそうとうの我慢を強いていることは自覚して欲しい。

妻が不満を抱いているのに、無視や適当にあしらい続ける、という態度はパートナーとしてどうかと思います。

ましてや、その反論が「だって、男だから仕方ないよ」とか「男だもん、立ちションするよ。」とかだと、言われた妻は本当に怒りを通り越して脱力します。

だって、納得できる言い訳ならまだしも、その言い訳アホっぽすぎるんですもん!

私は、この台詞を言ってしまう男性は、その言い訳のアホっぽさや頓珍漢さに「まだ気が付いてないだけなのでは?」と思います。

だって男性が全員バカなわけありませんから。単に上の世代の男性がいつも「だって男だもん。」を免罪符に使い「これ言うと、わりと女が諦めてくれる」という実例を観て育ったが故に、なんとなく自分もつい言ってるだけで、「その言い訳のアホっぽさ」に気が付いたら使わなくなる理知的な男性も大勢いると私は思うのです。

ですから、そういった方がそのアホっぽさ・言われた側のムカつきや脱力感が実感できるように、ひとつ置き換え話をしたいと思います。

どなた様も自分に置き換えてお読みください。

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あなたは共稼ぎ夫婦の夫で、世帯収入の割合は自分7、妻3くらいです。

家事の分担を妻と話し合った結果、自分3、妻7に落ち着き、この分担自体には特にお互い不満はありません。

洗面所の掃除はあなたの分担で、具体的な掃除の回数にルールは設けなかったものの「夫婦にとって綺麗な状態に保とうね」という暗黙の了解はある感じです。

さて、ある時あなたは洗面台の掃除をしていて気が付きます。

「うちの洗面台とか床って、いつもすげー髪の毛落ちてるな」

あ、書き忘れましたが、あなたはスキンヘッドで、妻は小雪ばりのサラサラヘアーです。

それでもあなたは新婚のうちは「小雪、髪長いからな~」と、さほど気にしませんでしたが、ある時、洗面所を使う妻の姿をなんとなーく見るともなしに眺めていると、妻の行動に「え…」と思う所がありました。

妻は、髪を乾かし丁寧にブラッシングをした後、そのまま洗面所を出てきたのです。

あなたがなぜ「え…」と思ったかというと、それまでてっきり「ブラッシングなどで、目の前で洗面台に落ちた分の髪の毛は妻が自分で拭っている。」と思っていたからです。

あなたはそれが、人として最低限のマナーだと思っていたのに、妻がそれをしていないことに少し引きました。

無意識に落ちる分の髪の毛は、洗面所の掃除担当が自分だからもちろん掃除をする気でいましたが「目の前に今落ちた分までこいつはそのままにしてたのか」と知ると、あなたはそこまで人にやらせる気でいる妻の神経を疑ってしまいました。

その夜、あなたは妻に言います。

「あのさ、洗面所で髪とかした後の髪の毛くらいは、自分で拭いてきてくんない?」

すると妻は言います。

「え、でも洗面所の掃除はそっちの担当でしょ?」

あなた「いや、そうなんだけど、全体的な基本の掃除はもちろん俺の仕事だけど、俺は髪の毛落ちないじゃん。小雪の分で常に洗面所が汚い状態になって、掃除がめっちゃ大変なんだから、せめてブラッシングの後その時に落ちた分くらい自分で掃除してよ。」

妻「えー洗面所掃除の役割じゃないのに、私がやるの不公平じゃないー?」

あなた「じゃあ、洗面所掃除自体をそっちの家事の何かと交換する?そんで自分の担当にしたら不公平じゃないでしょ。」

妻「嫌!洗面所は私イヤなの!」

あなた「じゃあ、掃除しないなら髪切ってよ。短ければまだ掃除が楽だから。」

妻「無理!」

あなた「なんで!?」

「だって女だもん。髪は女の命なのよ!」

************************************

 

ハイ、今の感情どうですか?

小雪、アホっぽくないですか?

怒りを通りこして脱力しませんか?

その感情なんですよ。「男だもん、仕方ないじゃん」て言われた相手は。

私はこの夫婦の話をそのまま「洗面所→トイレ」「落とした髪→尿ハネ」「髪切ってよ→座りションしてよ」に置き換えたものが、座ション問題だと思うんです。

つまり「立ちションは男の尊厳じゃ!」みたいな言葉も「だって髪は女の命なのよ!」も、言われた相手にとって「おま、何言ってんの?」でしかない。

だって「座りションして」も「髪切って」も、そもそも素直に相手が「汚したら自分で後始末する」っていう人としての基本を実行してくれたら、こっちだって言う必要ないんですから、それ言わされて、それに対して「性別の壁を超えて意見しないで!」とキレられたって「そんな話じゃねーよ」なんです。

ようするに、相手の話の核である「汚した人が後始末する、という基本的な生活ルールやマナーを守れないあなただけど、ずっと一緒に暮らすんだから守ってくれないか?」という提案を「性別の壁」で遮断して、うやむやにしようとしてるだけなんですよ。

ホント、話それますが、不倫の話題とかでも「男だからしかたないんです!」とか開き直ってる人の場面みると「ちゃんと『俺は性欲の前では妻への思遣りなんてふっ飛ぶ理性の利かない人間なんです』って言えばいいのに」と思いますもん。

男という性別のせいにしないで、やるなら自分個人で背負え、って。

簡単に「男」を理由にして通ると思ってるのって、他のちゃんとしてる男にめちゃくちゃ失礼だと思いますし、話の通じない人間にしか見えなくなるからやめた方がいいと思いますよ。

私の稚拙な文章で全員に伝わるものではないと思いますが、そのことが分かる人がちょっとでも増えたらいいです。

 

さいごに

今回は、自分が当事者で困っていないのになぜ座ション問題について書いたかというと、やはり私は問題の根底にある家庭内での男女の力関係の差が気になるからです。

人によっては「威張ってるくらいの男性が好き」ということもあるでしょうが、それでも根拠なく威張ってる人と暮らすのって、最初は出来ても長期に渡るとストレスすごいと思うので、基本は対等関係から大きく外れないほうが良いと私は思います。

座ション問題の不満を話す主婦の方には「我ながらこんなことで夫婦喧嘩するの情けないわ。」とか「しょーもないことでイラついてる自分もちっちゃいんだけどね。」という言う方をする方も多く、私はそこに謙遜というか「こんなことで不満言っちゃいけない」という彼女たちの意識を感じていました。

私はその「これくらい我慢しなきゃね」と自らに課す精神には懐の深さを感じるし、美徳でもあると思いますが、でも同時にその精神がエスカレートしないように気を付けて欲しい気持ちも生まれます。

たかがトイレ掃除のことと言いますが、「自分の苦労が無いものにされてる感じ」とか「尿ハネすら自分で後始末しないのになにかと偉そうなパートナーの態度を見逃す」といった日常の中の小さな「なんかヤダ」は、やっぱり無視してはいけない心のサインだと思うんですよ。

確かに、夫婦はお互いに多少の欠点には目をつぶり、悪いところもある程度は「おたがいさま」の精神で許容しあう必要があると思いますが、「なんかヤダ」と思うってことは、すでに自分の中で「おたがいさま」の範囲を超えてるよ、っていうサインかもしれないんです。

そのサインを受けて、よく考えた結果に「どう考えても私の負担が大きくない?なんか尊重されてなくない?」という結論に達したら、それがどんな些細な内容でも声に出すことも必要だと思います。それには勇気がいるけど、その勇気は自分を守るためだから、そこは頑張ってほしい。

「我慢」と「勇気出して抗議する」は、我慢の方が全然楽な選択肢に見えるから、ついやりがちだけど、我慢の副作用はじわじわ来て、ヤスリでちびち削るようなやりかたで、自尊心が減っていくんです。

「殴る蹴る」といった分かりやすい暴力は、心にドリルで穴を掘られるような破壊力ですが、ヤスリで何十年もちびちび削り取られることの破壊力だって、最後に「壊される」という点では同じなんですから、「ちっちゃいこと」と自分に言い聞かせて無理な範囲の我慢までしないで欲しい。

でも座ション問題については「こんなくだらないことで…」と引っ込めてしまう主婦が多そうなので、私は「このテーマでこまでマジになんか言ってる人もいるよ。くだらなくないよ。我慢しすぎないでね。」という意味で書いてみました。

座ション問題に悩むご家庭が、少しでも減っていくことを願ってます。

 

ではまた。

 

 PS,私ごとで別に書かなくてもいいんですけど、来月からぼちぼち介護職に戻ろうと思います。更新頻度は変わらないか、増えるのを目指してます。まぁ基本スローペースなのですが、今後もよろしくお願いします。