限りなく透明に近いふつう

やさしい鬼です お菓子もあります お茶も沸かしてございます

あたしおかあさんじゃないけど感想書いてみた。

 

 

 

「あたしおかあさんだから」の歌詞が炎上してますね。

色々な人の意見を観て、私はこちらの3記事が分かりやすくて共感できて「自分の気持ちを代弁してくれてるようだ…!」と思えたので挙げておきます。

ここからは、私の感想です。

ただの感想なので「もうこの話題おなかいっぱいだよ!」という方は別に読まなくてもいいですよ。

 私がこの歌詞を読んで1番思ったのは「世のおかあさんって、そんなに『お母さんたる自覚』と共に生きてるのかな?」という疑問でした。

 この歌詞に出てくる「おかあさん」は、「自分はおかあさんだから」という、ただ一点の理由のみで、爪を切り動きやすい服を着て早起きして好きなおかずを子供に譲ります。

でも私は、女の人がその行為ひとつひとつを選ぶ時、そんなに「自分はおかあさんだから」と自分に言い聞かせているんだろうか?と疑問に思いました。

というのも、私は子供を産んだことも育てたこともない「非おかあさん」ですから、自分なりにこれに似た状況をイメージする為に、自分で「私は『おくさんだから』と思って何かを我慢したり、行動を改めたりしたことがあるかな?」と考えてみたんですね。

そしたら、ぶっちゃけ、

あんま無いんですよね。

もちろん、結婚したことで結婚前と変わったことは沢山ありますよ。

夫と私のどちらの給料だろうと「共有財産だから無駄に奔放に使わないようにしなくちゃ」と思うようになったし、料理番は私だから自分が食欲旺盛でない日でも「それなりにちゃんとした食べ物を食卓に出さなくては」と思ってそうしてるし、服装も基本自分の好みを優先するけど、結婚前よりは夫の好みを考慮するようになったし。

だけど、それらの「結婚したから変化した行為」を選ぶ時に、私は自分で「あれ?私『わたしおくさんだから』と思ってやったっけ?」と思い返してみると、私、そんなこと1ミリも思ってなかったですよ。

ただ、結婚して、「一生一緒にいてくれや」な人と暮らしてるんだから、相手も私も気分よく暮らせるようにしたいもんだな、と思ってたらそうなってただけで。

つまり「自分が誰かの妻になった身」なのだから「妻としてあるべき姿におさまらなくてはいけない」みたいな考えで私は行動や考えを変化させていったんじゃなくて、単にその都度「こうしたほうが夫が喜ぶかな」とか「こうした方が私たちにとって良いよね」と思う行動を選んだ結果の変化だっただけです。

そんなわけで結婚10年目でも「妻としての自覚?ようわからん」という感じです。

だからそんな私がもし子供を産み、それに伴う行動の変化があると想像してみても、その時の私はやはり「わたし、おかあさんだから」と思わないんじゃないかな、と思いました。

きっと、私は妻になってからの変化を「夫が好きだからこうする」と選択してきたのと同じように、母になってからの変化にも「私、この子が好きだからこうする」という感じにやっていくと思います。

どうしてそう思うのかと今考えてみると、うまく言えませんが、私は自分に「おかあさんだから」という理由で何かを課したり我慢したりするのが嫌だからかな、と思いました。

「おのれ、親になっても何も変わらないでいられるつもりか!?」と怒っちゃった方いたらすいません、落ち着いてください。

誤解しないで欲しいのは「私は子供の為に何か我慢したり変えるのが嫌」ということじゃないんです。ここポイントです。

私は「わたし、親だから」という言葉でなら、多分ある程度自分を抑えて子供を優先する選択ができる気がします。

でもそこに「母」がくっついて「母親だから、お母さんだから」という言葉になると、途端に「んー…」と納得のいかない感じがしちゃいます。

なんでだろうなぁ?と考えると、やっぱり私は「母性」ってものを過剰に信じていないからでしょうね。

大昔みたいに男女が性別ごとに違う役割をして原始的な暮らしをしてた頃ならまだしも、今みたいに男女が似たような暮らしをしてるのに、女の人にだけ「女っしょ?年頃っしょ?母性本能あるっしょ?」って、前提で原始的なものを要求されるのは変な話だと思います。

近頃は「女は母性ありき」という考え傾向の強い人を見ると、「母性」って結局、面倒な事を「大丈夫!生んだ人だから世話も出来るっしょ!」と母親に押し付ける為に都合がいいから残ってる言葉なのでは?とさえ思えてきます。

 私に言わせれば、命がけで産んだのは女親なんだから、生まれた後は男親が多めに尽力してくれてもいいくらいだと思うのですが、多めどころか「嫁が生んだんだから嫁が育てるの当たり前でしょー」的な態度で丸投げの男親をよく見かける現代は、女の人に求めるものが多過ぎると思います。

「親だから面倒見ろ、親だから我が子の為に生活や行動を変えろ」と言われるのであれば、それは男親にも女親にも平等に課せられる「人の親としての責任」として納得できますが、「母親だから、女親だから、お母さんだから」と言われるのは、結局私の嫌いな「女だからこうしろ」という押しつけの一種に思えます。

だから私は自分がもし母親になっても、自分で自分に「お母さんだから」と言い聞かせることはしないと思うんです。

 そういうわけで、私はのぶみ氏の歌詞を見て、その繰り返される「おかあさんだから」という文言を疑問に思いました。

 

 もちろん、世の中にお母さん達は沢山いるので、中には確かにこのように自分に「私はお母さんなんだから、母親なんだから」とハッパをかけて頑張ってる人も実在するとは思います。

でも、私のように「お母さん云々抜きにして自分がそうしたい、するほうが良いと思うからしてる。」って人も結構いるんじゃないかなと思います。

そういう人は爪を切るのも「おかあさんだから」じゃなくて「自分が気兼ねなく子供と戯れたいから」だろうし、甘いカレーを作るのも「おかあさんだから」じゃなくて、「子供が美味しいと自分も嬉しいから」だろうし。

私はなんかそっちの方が楽しげで好きです。

この歌詞の中の「おかあさんだから」からは、正直「母としての義務感、使命感」の方が前面に出ていて、そういった「母親自身がしたくてしてる楽しげな子育ての図」があんまりイメージできませんでした。

だから楽しく育児をしてる世のお母さんも「なんだかなぁ」という感じがしたんじゃないでしょうか。

 

さて、「お母さんという役割だから頑張るんだ!」という自覚のある方に対して、私はそれが悪いとは言いません。でも少し心配にはなります。

なぜかというと「わたしおかあさんだから」という文言は、場合によっては恐ろしい呪いの言葉になると私は思うからです。

「場合による」というのがどういうことかと言うと、例えばあなたが子供の頃、自分のお母さんに毎朝髪を結ってもらっていたとして、それがとても嬉しかったから「自分も我が子の髪は毎朝結ってあげたい」と思っていたとします。

そうはいっても眠たい朝、布団の中で「私、おかあさんなんだから、起きて髪やってやんなきゃ!」という風にあえて「おかあさんスイッチ」を起動させる合言葉みたいにそう唱える。

こういう使い方の「私おかあさんだから」は問題はないと思います。

それは、言葉では「おかあさんだから」と言っていても、その中にちゃんとあなた自身の「そうしたい」という思いが根本にあるからです。

でも、心配なのは「私はお母さんなんだから○○しなきゃ」という○○の中に「本当は自分が納得していないこと」が入っている場合です。

例えば「お母さんだから早起きして朝ご飯作らなきゃ」と思って毎朝早起きしてるあなた。

本当は心の中には「夫が早起きして朝ご飯作ったっていいんじゃ?」とか「ぼちぼち朝食くらい子供が作るように教えてもいいんじゃ?」と思う自分が居たりしないでしょうか?

もしそんな風に納得していない自分の気持ちがあるのに、世間に根強くはびこる「食事は母親が作るもの」という常識や「ママ友はみんなちゃんとやってるのに」という思いから、自分の気持ちに蓋をして、蓋をする時に呪文みたいに「私、お母さんだから」と唱えているんだとしたら、私はとても心配です。

なぜなら、人は「自分が真に納得していないこと」をやり続けると心が死ぬからです。

「私、おかあさんだから早起きするの」と言いつつ本心は「私、夫が早起きしてくれないから仕方なく早起きするの」なのだとしたら、その本心を夫に伝えた方が健康的でいられます。

でも、世間に「わたしお母さんだから早起きするの」という歌が流れ、我慢する母親こそ賞賛されるものだという風潮があったら、そこは本心を言いだしづらい世の中だと思います。

のぶみ氏は「ママたちへの応援歌」のつもりで作詞をしたと言っていますし、確かに「色々我慢して育児してきたけど、みんな過去のこと」という段階のお母さんにとっては、この曲がちゃんと「ねぎらいソング」に聞こえるのかもしれません。

でもこの曲が耳に入る人が全員、育児を終えて「大変だったけどなんとかやりきったねー」と言える段階じゃなく、だいすけお兄さんが歌う以上、むしろ育児真っ最中のお母さんのほうが耳にする機会が多いと思います。

そういった育児にいっぱいいっぱいの中のお母さんには「あたし、おかあさんだから」の歌声が「お前お母さんだろ?」という強迫に聞こえるんじゃないかと私はヒヤヒヤします。

私は、自分の母親が育児や夫婦関係の不仲で心を病んでしまっていたので、特にそういう心配をしてしまいます。

 どうか、育児をしている全国のお母さん方、あんまりお母さんたる自覚に縛られずに、ぼちぼちやってくださいね。

私はおかあさんじゃないけど、世のおかあさん達を思って湧いた感想でした。

最後にこちら貼っておきます。

 

ではまた。