限りなく透明に近いふつう

やさしい鬼です お菓子もあります お茶も沸かしてございます

春と1人暮らしと恋だったことの話

「春になると思い出すことがある。 
もうかれこれ10年くらい前のことだ。 
 
当時わたしは1人暮らしをしていた。
まぁ1人暮らしと言いつつも、実際は当時の彼氏がほぼ毎日私の部屋に泊まっていたので、半同棲生活と言える。 
 
わたしはアルバイトをいくつか掛け持ちしていた。
そのひとつが早朝のコンビニバイトで週に3回ほどAM6:00から3時間働いてた。 
 
当時わたしはまだ車を持ってなかったので、バイトには自転車で行くか、彼氏が出勤がてらに送ってくれていた。 
 
彼氏が送ってくれる日は、行きはラクなのだけど帰りはバスで帰ることになる。
そうなると自転車で行くよりは帰りが面倒だけど、朝のラクさの誘惑に勝てず、わたしは週に2日は彼氏に送ってもらってバイトに行っていた。
 
バイト先には、週に1、2回は一緒になる先輩がいた。
 
その先輩はわたしよりひとつ歳上の男の人で、バイトの合間に話すうちに段々と仲良くなった。
 
その人は親元に住んでいて、とてつもなく将来性の無いフリーターだった。
 
彼のことをどんな人だったかと一言で形容すると「北海道」のような人だった。 
 
なんとなく、全部の印象が北海道だったのだ。 
 
背が高くて、常に眠そうな瞳で、何を考えてるか読めない人だった。 
 
男性なのに「異性」という感じがしなくて、それどころか「人」という感じすらしなくて、樹とか空気とか草原とか、そういうものから受ける印象を放つ人だった。 
 
また、実際にその人は北海道を実に愛していて、お金が貯まればそのつど北海道に行き、年に2、3回は北海道に行っていた。 
 
その人は北海道へ行く時、いつも関東から車で行っていた。
 
初めてそれを聞いた時、わたしは少なからず驚いた。
もっと驚いたのは「何しに?」と聞くとその人は「別に、何ってことは無いけど。」と答えたことだ。
 
普通、関東から北海道へ行くには「観光」とか「里帰り」とかそういう名目があるものだとわたしは思っていたのだけど、その人の北海道行きは毎回特に何をするわけでも無いらしく、ただ「北海道に行く」を目的に行っていたのだ。 
当時のわたしはそんな彼の行動を「少し変わってるな」と思ったけど、そういう生活が羨ましかった。
 
いつからかその人が、バイトの帰りに送ってくれるようになった。 
 
送ってくれるお礼にわたしはいつも500mlの缶ビールを買ってあげた。 
当時は給料が現金手渡しだったので、給料日にたまたま当たると奮発して6缶ケースを買ってあげたりもした。 
 
その人が北海道の他に愛しているものはビールだけだった気がする。 
 
1度バイト仲間の飲み会があって知ったのだけど、その人はとてもお酒に強く、いくらビールを飲んでもまったく酔わない人だった。 
わたしが「よく酔っ払わないで飲み続けられるね?」と聞くと「ビールの味が好きなだけで、酒が好きなわけじゃないからね。」とよくわからない理屈を言っていた。
 
彼はいつもビールを買ってあげるととても喜んでくれて、わたしもラクだから喜んで、つまり一緒のバイトの日はお互いに喜んでいた。
 
私達はいつもくだらない事を話してとにかくよく笑った。
 
その人と車に乗っていると、バイト中より話が弾み、時には弾み過ぎてわたしのアパートに着いても駐車場で1時間くらい話すこともあった。 
 
今思うと、なぜ部屋に上げなかったのか不思議な状況だと思う。
 
でもわたしは一度も「上がってく?」と聞いたこともないし、その人もまったく家に上がりたい素振りは無かった。 
私はそういうのの勘は割りと働くほうで、男の人がどんなに下心を隠しても判ることが多い。 
でも、その人は本当に下心が無いようだった。
下心どころか、人の心、しかも俗っぽい心が無いようだった。 
 
とにかく彼は恋人も居なくて、頭の中はビールと次に北海道に行くの時の事しか無い人だった。
 
わたしは彼と話す時、いつも少し不思議な感覚がしていた。
でもその不思議な感じの正体がなんなのか分からなくて、ただの「自由人を羨ましいと思う感覚」だと思い込んでいた。
 
そう、とにかくその人は「自由」に見えた。
 
 
わたしは子供の頃からずっと、「1人暮らしをしたら自由が手に入る」と思っていた。
そして1人暮らしをしてみた。
すると確かに親の干渉は離れるし、恋人と半同棲もしているので、そういう意味では自由になれた。
 
でも代わりに、私はいつしか生活の最優先事項が「彼氏との半同棲生活をする」になっていた。
彼氏との生活を続けるにはわたしが1人暮らしを維持する必要があって、その為には家賃を払わないといけないからむやみに仕事を辞めたり出来ないという制限が生まれていて、その制限が私を「本当にやりたいこと」から遠ざけて、自由を無くしていた。
 
たとえば、わたしが昔からやりたかったことに「ワーキングホリデーに行く」というのがあったけど、それを実際に行動に移すとなると、複数のバイトを辞めなくては行けないし、アパートも一時出ることになる。 
バイトを辞めたら、帰国後の1人暮らしもすぐ出来ないし、1人暮らしできないと、彼氏とも続かないと思ってた。 
だからわたしは結局ワーキングホリデーの方を諦めた。
 
他にも、都内に住んでバイトしながら絵をたくさん描いてイラストレーターとして売り込みをしつつ暮らしたいとも思ったけど、それも彼氏と離れることになるのが怖くて諦めた。 
 
結局わたしは「したいこと」を行動に移す前に頭の中で「恋人」「住むところ」「バイト」という数々のしがらみを考えて、それらを上手く調整することが出来ず、そのうち考えるのも苦痛になって、ただ暫定的に「彼氏との生活を続ける」という状態を選んでいたのだった。
 
わたしは自分のしたい生活をしているはずなのに、なんだか窮屈感が付きまとっている状態で、いつもなるべくその事を考えないようにした。
でもその人と話すとそれがふわふわ浮き上がってくる。
それを押し込める感覚が、彼と話す時の不思議な感じを産んでると思っていた。
 
今思えばわたしだって彼氏は居ても未婚なのだし、仕事もフリーターなので、結婚した今に比べれば充分に自由だったはずだし、何だったら当時の彼氏なんか別れたっていいから、自分の好きなことをもっと優先してすれば良かったのだ。
でも若い頃のわたしは恋愛するとそれがなによりの優先事項になってしまっていたから、今となってはそういう当時の自分の性分を怨むしかない。 
 
 
 
わたしがその人のことを好きだったと気がついたのは、つい昨年の事だった。 
 
なんと8年遅れで気がついたのだった。 
 
 
というのも昨年、夢に出たのだ。 
今となっては消息不明のその人が。 
 
夢の中で彼は満開の桜の前でビールを飲んでいた。
そしてわたしを見ると「桜島さん、北海道の桜、観たい?」と聞いてきた。 
 
もっと色々な場面を観たような気もしたけど、起きた時そこだけしか覚えてない夢だった。 
 
布団の中でしばらくぼーっとした後、隣で寝ている夫を観ると可愛かった。 
 
わたしの夫はいつも愛らしく、美しい寝顔で寝ている。 
少し睫毛をいじると、一瞬しかめっ面をしてまだ眠り続けている。 
 
わたしは起き上がるとむしょうにビールが飲みたくなった。 
朝からビールが飲みたいなんてことは今まで無かったので、そんな夢をみたせいかな、と思った。 
 
そして、夢を思い出し 誰かに旧姓で呼ばれたのは久々だな、と思った瞬間、心臓がきゅ、となった。 
 
そして思い出した。 
 
 
夢じゃないや。 
 
 
現実に一度だけ、その人と帰る時、回り道をして、大きな桜の樹がたくさんある公園に寄ったことがあったのだった。 
 
夢の場面は実際の記憶だったのだ。
 
 
それを思い出した次の瞬間わたしは、玄関を出ようとしていた。 
無性にビールを買いに行きたかった。 
なぜか、ビールを飲まないといけないような気すらした。 
 
きっとコンビニに着く頃には、我に帰って結局牛乳を買うかもしれない予想もしたけど、玄関を出た。 
 
桜が咲いていて、 また心臓がきゅう、となって、思った。 
 
恋だったのかぁ。 
 
 
案の定、コンビニに着くと 
感情がまったく日常に戻り、結局牛乳と野菜ジュースを買った。 
 
帰ると夫はまだ寝ていて、 
おでこに野菜ジュースのパックを乗せたら 「つめてっ!」と言って起きた。 
 
わたしは夫が可愛くてしかたなかった。 
 
 
春になって桜が咲くとわたしはそういうことを想い出す という話。 」
 
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と、これはわたしが4年ほど前に当時のブログに載せた文章です。
 
昔の文章は稚拙で、(今もですが)今読むと大変こっぱずかしいです。
 
ですが、今週のお題は「春を感じる時」なので載せました。
 
つまり、不精な私が「どれ、昔のブログでも整理して片付けていくか」と思い立つほど心機一転な気分になると、「春だなぁ」と思う、ということです。
ではまた。
 
 
今週のお題特別編「春を感じるとき」