限りなく透明に近いふつう

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夏目さんのこと

今週のお題「今年の抱負」

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今から30年前、私は保育園に通っていました。

私の母は専業主婦でしたが、私は4人目の子供で、母曰く「子育てに飽きた」とのことで、乳ばなれもそこそこに私は幼い頃から保育園に預けられていました。
本当はいけないことなのでしょうが、当時は今のように保育園に通わせる為の保護者のチェックが甘かったらしく母は近所でお勤めをしている知人に頼んで就労証明書なるものを書いてもらい、私を保育園に預けていたようです。
少し大きくなって母からそのことを聞いた時は「ひでぇ…」と思いましたが、保育園は楽しかったので特に恨んではいません。
 
さて、その保育園には美しい大人の女性がいました。
年齢は20代前半くらいでしょうか、女優の夏目雅子にそっくりで、いつも着物を着ていて、初めて見た時は子供ながらに「こんな綺麗な人がこの世にいるのか!」と衝撃を受けたのを覚えています。
 
「保育園にいました」と言っても、その女性はいつも居るわけではなく、彼女が保育園に姿を現わすのは年に2回、お正月と夏の納涼祭の時だけでした。
当然、保育園の先生ではありません。
名前は先生からは「⚫︎⚫︎さん」と下の名前で呼ばれていましたが、個人名なのでここでは仮に「夏目さん」とします。
 
少し大きくなってから親や近所の大人達が話すのを盗み聞きした噂では「あの人は園長先生の奥さんらしい」ということでしたが、園長先生は当時すでにかなり高齢の「おじいさんに近いおじさん」だったので、若く美しい夏目さんが本当に奥さんだったのか疑わしいところもあり、真偽のほどは定かではありません。
 
 
毎年お正月休みが明けて保育園に行くと着物姿の夏目さんは先生と一緒に教室にいました。
私の保育園では正月休みが明けて最初の日は「今年の抱負」なるものをひとりづつ発表するという時間がありました。
 
私達園児はまだ幼かったので「抱負」という言葉ではなく、先生に「今年の目標を立てましょう」とか言われて、おのおの「おてつだいをがんばる」だの「おともだちとケンカをしない」だのといった抱負を発表していました。
 
私は毎年この時間が苦痛でもあり、楽しみでもありました。
というのも、余談ですが私は大人になってからも職場などで新年の挨拶がてら上司から「今年の抱負」を聞かれて答えるのはわりと苦手な事の一つなのです。
その根底には「なんでそんな自分のコアプライベートなことを人に言わなきゃならんのだ。」という思いがあります。
そもそも私は他人の「今年の抱負」というのを聞いても全く面白いと思えないのです。
なので、実は今回の「今週のお題」が今年の抱負だと見た時「私が今年の抱負をここで本気で書いたとて誰が面白いと思うんだ?」と思ってしまい、まったく何を書いていいやら悩んでしまいました。
 
それで結局、このような昔話を書いているのですが…。
 
話を戻しますと、ひねくれ保育園児だった私はすでにその頃その思いがあり、私はいつも本心で自分の中にある本当の抱負は発表せず「表向きの抱負」をわざわざこしらえて適当にそれを発表していました。
しかも「どうせ皆もそうしているのだろう」と思っていたので、人の発表を聞くのもとても退屈で苦痛でした。
 
しかしそんな苦痛な時間でしたが、楽しみでもあったというのは、
毎年夏目さんの姿が見られるからでした。
 
子供というのは男女関係なくなぜか「綺麗なお姉さん」が好きです。
 
 
着物姿の彼女は教室の教壇で先生の隣にいるあいだ、特に私達園児に教示めいた事を言うわけでもなく、自分の話をするわけでもなく、ただ毎年凛とした美しい佇まいでニコニコと私達を見守っていました。
 
夏の納涼祭の時にも彼女は保育園に来ているのですが、その時は自分もお祭りに浮かれていてあんまり夏目さんをじっくり見てられないので、お正月の時は私にとってじっくり夏目さんを見ることに専念できる時間でした。
 
 
今思い返すと夏目さんが何故お正月に現れていたのか?何のために来ていたのか?そこは本当に謎なのですが、当時はそんなこと気にならず、ただただ目の保養とばかりに私は彼女を見ていました。
結局卒園するまで夏目さんと特に言葉を交わした記憶はなく、そのまま私は卒園しました。
 
 
そして10年の月日が経ち私は夏目さんのことも忘れ、高校生になりました。
私はギャルでもヤンキーでも無かったのですが、時々その日の天気や自分の気分次第で学校をサボる女子高生でした。
まさにカメハメハ大王のように「風が吹いたら遅刻して雨が降ったらお休みだ」というノリで、その日もなんとなく自転車で学校に向かう途中に桜が綺麗に咲いていたのでふと「今日は休もう」と思って引き返し、帰り道にある桜の名所の公園に行きました。
 
コンビニでお菓子を買って桜の咲く公園内を歩いていると、なんとそこに驚くべきことが待ち受けていました。
 
春のうららかな日差しの中、桜が満開の公園は平和そうな人達で賑わっていました。
 
空いているベンチは無いかな〜とベンチを一つづつ見ていると、10mほど先のベンチに着物姿の女性が日傘を差して座っていました。
 
初めは着物姿が珍しいのでだだそのことに目を引かれましたが、よく見るとその女性に見覚えがあったのです。
 
…あの人、見たことある…。
 
高速で頭の中の記憶箱をワシャワシャとまさぐっていると、突然ポーンと答えが飛び出しました。
 
夏目さんだ!!
 
私はその瞬間から心臓が徐々にドキドキしてくるのを感じました。
しかし同時に背筋にヒヤっとしたものも感じました。
 
というのも、本当に不思議なのですが、目の前にいる夏目さんがあまりにも夏目さん過ぎるのです。
つまり、私の記憶の中の夏目さんのままなのです。10年経っているのに。
 
私は一瞬怖いような不思議な気分に陥りましたが、そこは白昼の野外。
すぐそこの芝生にはどこかの親子連れがキャッキャと遊ぶのどかな風景なので、オカルト感はすぐに薄れて代わりに好奇心が湧き上がりました。
そして少しずつその女性に近づいてみました。
 
…うん、どう見ても夏目さんだな。
 
3mほど近寄って見ても彼女はやはり夏目さんに見えました。
そして私はこのまま引き返すか、彼女に話しかけるか数秒間でうーんと悩んだ末、とりあえず同じベンチに座ってみることにしました。
 
夏目さんらしき女性の座るベンチは四人ほど座れる長さで、1番向こうの端っこに彼女が座っていたので、人ふたり分空けて私は逆の端に座ろうと思いました。
 
あまり彼女を見ないようにさりげな〜く、コンビニの袋と学生カバンを先にベンチに置きました。
 
 
「あら…どうぞ」
 
ベンチに物を置いた振動が伝わったのでしょう、彼女は日傘を傾け私に会釈をしました。
 
心臓がドキーン!としました。
 
私は先ほど「とりあえずベンチに座って様子を見よう」と思っただけでしたが、一言向こうから声を掛けられた今、話しかけるのに絶好のタイミングだと判断し、意を決してすぐに声を振り絞りました。
 
「あっあのう…間違えてたらすみませんが、もしかして⚫︎⚫︎保育園の方ですか?」
 
私なりに気を使った言い方でした。
もし彼女が夏目さん本人だった場合、突然知らない女子高生に自分の名前を言われたら驚かせて警戒されると思ったので、まず保育園の名前を言ってみたのです。
 
半分顔を隠していた日傘がゆっくりと向こうに傾き、彼女はこちらを見ました。
 
黒目が大きく、肌は陶器のように白く冴えてシワ一つない彼女の美しい顔が私に向きました。
彼女は少し驚いたような表情でしたが、それも顔が歪むほどではなく、本当に綺麗な夏目さんの顔でした。
 
 
人は美人を前にすると誰しも緊張するものだと思いますが、その時の私は鼓動と手汗が止まらず、頭もクラクラしてかなりの緊張の真っ只中にいました。
 
すると彼女は微笑み、実に静かな声で
「ええと…⚫︎⚫︎保育園に通ってらした方ですか?」
と質問を返してきました。
 
手ごたえあり!
私は確信しました。
夏目さんでなかったら「何のことですか?」となるはずだから、この質問を返してこないはず。
やっぱりこの人は夏目さんなんだ!
私はその手ごたえと、とりあえず自分が不審者扱いされなかったことに安堵し、すぐ答えました。
 
「はい、10年くらい前に通ってました。あの…夏目さんのこと覚えてます。あれ、お名前夏目さんで合ってますよね?」
 
彼女は薄く微笑みながら静かに聞いていました。
そしてゆっくりまばたきを一回すると
「いかにも」と言いました。
 

いかにも!!?

なんでそんな爺さんみたいな言い方なのか一瞬謎でしたが、その時は彼女が夏目さん本人だったことの安堵の方が上回り、私はつい嬉しくなって
「良かった〜!あの、急に話しかけてすいません。でも驚きました〜!こんな所で会うなんて…!」とスラスラ言葉を続けました。
 
その後、私は狐につままれた様な気分のまま舞い上がって夏目さんと話をして、正直なんの話をしたかあまり覚えていないのですが多分「今日は学校休みなの?」とか「ここはよく来るの?」とか「桜が見頃ね」とか普通の大人と普通の学生が話すような当たり障りの無い会話をしたと思います。
 
しかし、数分間話したのち私はどうしてもあることが気になって気になって夏目さんに聞きました。
 
「あの…夏目さん、見た目が全くあの頃とお変わり無いように思えるんですが…」
 
私が言い終わらないうちに夏目さんの顔に一瞬翳りが見えた気がしました。
すると夏目さんはゆっくりと目を閉じてまた開けると次の瞬間目をそらしながら
 
「そう…あなたもそう見える?
やっぱりあの魚を食べたせいなのかしらねぇ…」
と言って1人でクスッと笑いました。
 
 
 
私はその答えというか、突然わけがわからない事を言う夏目さん自体が、急に怖いというか不気味というか、アレ系な人に思えてきて、頭の中で例のカーンカーンという警鐘音(幼少期から危険信号を察知した時に私の頭の中で鳴るやつ)が鳴りだしたので本能的に「追求してはならない!」と思い「は、はは」と愛想笑いをして「それじゃ、そろそろ…」と話を切り上げました。
 
夏目さんは特に私を引き止めず
「お元気で…また会えるといいわね」と言いました。
 
 
この時は「ちょっと不思議な体験をしたなぁ」と思っただけでしたが、そのことも私はすぐ忘れて成人しました。
 
そして、私が「八百比丘尼」の伝説を知ったのはそれから数年後のことでした。
 
八百比丘尼の伝説について知りたい方はネットでお調べになれば詳しく書いてあるので超省いて書きますと
「その昔、人魚の肉を食べた女性がそれから年をとらず何百年も生き続け、とうとう尼さんになった。」という伝説です。
 
この伝説を知った時に、私は数年ごしに夏目さんの言った言葉の意味を理解し、背筋がすーっと涼しくなりました。
 
「あの魚を食べたせいなのかしらねぇ」という言葉は、夏目さんの冗談だったのか…はたまたもしや夏目さんは現代に生きる八百比丘尼なのか…
 
真相は闇の中ですが、それから毎年お正月になる度に、私はかすかに夏目さんのことを思い出します。
 
夏目さんは最後に「また会えるといいわね」と言いましたが、正直またどこかで会って夏目さんの姿が変わってなかったら私は腰を抜かしてしまうので、会うのは勘弁したいです。
 
今日の話はここまでなのですが、長々とここまで読んで下さった方はまさか「今年の抱負」をお題にこんな話を読まされるとは思わず、いま、狐につままれた気分でしょう。
世の中にはそういうこともあるのですよ。
この世にはまだまだ不思議なことがあるものですね。
ではまた。