限りなく透明に近いふつう

やさしい鬼です お菓子もあります お茶も沸かしてございます

女と睡眠

 

 

なんか、レノアのCMについてなにげなく呟いたらものすごく共感されたので

「女と睡眠」について、もうちょっと思うところを書こうかな、と思います。

 

私の人生の中で、睡眠時間が一番短かったのは20~27歳だったと思います。

20歳になってすぐ家を出て、前半はフリーターでバイト3つかけもちして絵も描いてっていう時代。

後半は歯科医院でいちおう正社員だったから、それまでと比較した手取り額の多さに満足してたけど、今考えると福利厚生が一切ない上に拘束時間の長さを考えると全く割にあってない。

ずっと帰宅時間が22時頃、朝は8時には家を出る生活でした。

その頃の一日の睡眠時間は平均5,6時間。

 

今思えば慢性睡眠不足だったようで、腹5分目以上になる量の食事を摂ると、どんな状況でも猛烈な睡魔に襲われてしまうので、外ではご飯を食べないようにしていましたね。

本当に抗えない眠気に襲われるので、一時はそういう病気なのかと心配すらしたんですが、結婚して数か月専業主婦をしてたら、食べても眠気に襲われない事に気付いて、なんのことない、ただの睡眠不足だったんだなぁ、と思いました。

 

今はシフト制勤務なので夜勤での徹夜は頻繁にあるけど、かなり自由時間も多く、かつ自分の世話しかしなくていいので、非常によく寝てます。

たぶん平均一日7,8時間は寝てる。

食べても猛烈に眠くなることはないし、大抵は起きた時に「もっと寝たいなー」とも思わないので、十分な睡眠が取れていると思う。

そういえば、昔、どっかの寝具メーカーの広告で「目覚めた時に『気持ちいい、もっと寝ていたい』と思うのは二流、一流の寝具は『もう十分寝た』と思わせてくれる」みたいな文言があって「なるほどねー」と思った記憶がある。

 

それはさておき、私の周りの女の人は本当に寝ていない。

特に保育園児の親はすごい。

 

先日、職場の同僚が二人目出産のため産休に入ったんですが。

数か月前に彼女と仕事中に誕生日プレゼントの話になり「なんか買ってもらうの?」

と聞くと「いやー、いま欲しいもんないし、結局は家計費だしな。」とのこと。

まぁ、結婚してるとそうなるやねーと相槌を打つ私の横で彼女は「あ、ダンナにお願い聞いてもらお!」となにか思い付いた様子。

私が「お、なんかあるの?」と聞くと彼女は言う。

 

「誕生日はアラームかけないで寝かせてもらう!」

 

私はてっきり続きがあるもんだと思ったので「そんで?」と聞くと、彼女は「ん?寝んの」と答えた。

お互い「ん?」「ん?」となった後、私が「……まじか?」と聞くと彼女は言いました。

 

「だって、寝るに勝る娯楽がない。」

 

 

寝るに勝る娯楽が無い……!!!

思わぬ所でゲットしたパワーワードを心で噛みしめてたら、

あっ、これ、大島弓子大先生の漫画で言ってたやつだ!と思い出しました。

 

 

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大島弓子著・白泉社文庫「ダリアの帯」に収録「乱切りにんじん」より

 

「こういそがしく目いっぱい働いてるともう楽しみは音楽でも~(略)なくなるの、

ひたすら眠りたい 睡眠が唯一の楽しみになるのよ」

 

こう語るのはこの話の主人公、坂東小萩ちゃん、16歳。物語の冒頭で母親が急死。

それまでは父母と3人暮らしで普通の高校生活を送っていたのに、家事が全く出来ない父親の面倒を見る生活が始まり、勉強をしていても献立に頭を悩ませたり、家事と学業の両立に苦戦している場面です。

ストーリーは今回関係ないので紹介を割愛しますが、ごめん、私が好きなシーンだけちょっと書かせて……。

 

母の葬儀とその疲れから風邪をひいて、一週間休んでいた学校に久々に登校したこのシーンで

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小萩ちゃんは「父親が宇宙人だった」と、クラスメイトに話します。

ここは序盤のシーンなので、この段階で読み手のこちらとしては、この物語がどういう方向に転ぶのか分かりません。

大島先生の作品はアイデアの飛び方も多岐に渡るので「SF的な展開があるのか?」とすら思わせるてくるのですが、続くコマでこれが大島先生の目いっぱいの皮肉であることが分かります。

 

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ね??

 

「とにかく風邪の床から起きてみたらすごいの 家の中のことなにもやってないの

ちらかしっぱなし洗濯物ためっぱなし 食器なんて客用のまで手をつけて 汚れたのは山積み」

と、小萩ちゃんは一週間で「父親は家事が一切できない」ということを知ったんですよ。

そして大島先生はそれを読者に伝えるうえで、ただの「家事ができない父親」とするのではなく「家事ができない=人間がやることが何もできない=これじゃ宇宙人じゃないか」という表現をしているんです。

一見、大げさなように感じるかもしれませんが、食器なんて洗ってまた使うのが当たり前の物を「洗わずに新しいものを際限なく使ってゆく」という姿や、その不自然な行動を躊躇なく行う思考回路は、もし直で見たらまるで人間界の常識をインプットされていないロボットか宇宙人のように感じるかもしれない、と私は思います。

だから思うんです。

もー先生ったらじょうずー♡

あと、ここは暗に「家事は女の仕事」という無言の圧が浸透している世の中に対して、「家事は人間の仕事でしょう」と言っているようなメッセージ性も感じますよね。

皮肉が聞いてて笑えて共感できるところで、私ここ好きです。

 

で、話を戻して考えてみると。

彼女は漫画の中の女の子で「母親が急死した上に、父親が古風な日本男児で絶対に家事をしないので、学生なのに家事をやるハメに」という、いわばアクシデント的な状況で、若いのに睡眠が娯楽の頂点に鎮座しているわけですが、同僚は、現実に、なんのアクシデントも起きていないのに、恒常的に、睡眠が娯楽の頂点という生活を送ってるんですよね。

……。

なーんかなー、夫婦のことは他人が口出しするもんじゃないからその場は「じゃ、希望休取んないとね!」「うん!」で話を終わらせたけど……。

いつも、彼女の家の話とか聞いてると、やっぱりどう考えても夫婦で家事育児の分担バランスが偏ってると思うから、もうちょっとなんとかならんのかい!と思ってしまうところです。

 

特に、私は関東出身で、大人になってから九州に来たから、東京と福岡に同世代女友達が点在しているので、地域性による夫婦の家事分担比率の違いも如実に感じてしまう。

東京に2夫婦、私が遊びに行ってのんびり過ごさせてもらう家庭があるけど、どっちの家も夫さんがめちゃくちゃ動くし、子守も家事もかなりやる。

手伝うとかいうレベルでなく、家庭を共同運営してる感じ。

 

でも福岡に来て5年経ち、色んな女の人と家や夫婦の話をしたけど、いまだに「うちの夫は家事するよ」と話す女の人に会ったことないし、家の話の端々から「ここんちの夫、まじでなんもしないんだな」と思うような背景しか浮かんでこない。

もちろん、福岡だろうと九州だろうと、私が出会ってないだけで、ちゃんと共同運営者レベルで家事育児に携わっている男の人はいると思います。(関東にも動かない男の人はごまんといますしね……。)

でも、福岡の身近に慢性睡眠不足な母親しか見当たらないので、つい比較してDisってしまう私をお許しください。

 

主観だけど、福岡の女の人は優秀というか、無理を無理と思ってなくて、なんでも自分で出来ちゃう人が多いような印象があります。

ハナから男の人と家事を分担する意識がなくて、家のこと子供のことも「自分でやったほうが早い」って判断されてることが多い気がする。

「ダンナにやらせると二度手間」とか「頼むほうが疲れる、面倒」とか、こっちの女の人がよく言う台詞ですね。

たぶん、そういう家の夫さんに家事をしてもらうと、出来がどんなでもダメ出ししたらむくれるから「してくれたこと自体に感謝」な行為なのかもしれない。

夫婦どちらも家庭を運営する戦力を持つ場合は共同運営者って感じだけど、↑この感じだと、家庭を主力で運営している妻からしたら、もはや夫は手伝いですらなく……ボランティアさん?「本来しないでいいことをしてくれたからありがたく思わなくちゃ」的な?

 

わー疲れるだろうなー。

そんで、あー今日も4時間しか寝られない……と思いながらも、ちょっとは自分の時間が欲しくて深夜にテレビ付けたらCMが「女の人って寝られないでしょ~?レノアのいい香りでよく寝てくださいね~」ってか。

 

アホかー!!

誰が洗濯係じゃボケー!!

論点が違うんじゃー!!!

 

 

 

 

あれ……?最後は波田陽区で文句言おうと思ってたのに、おいでやす小田になってしまいました。

時の流れは残酷ですね……。

 

そんなわけで、皆様が睡眠以外の娯楽を楽しめる程度に寝られたらいいなと思います。

 

では、おやすみなさーい。

 

 

 

 

 

 

 

いとなまない日々

はじめに

今年離婚した元夫と、私が最後にセックスをしたのは7年くらい前でした。

結婚生活が12年なので、半分以上はセックスレスだったということになります。

このように書くと、世の中には「じゃ、それが原因で離婚を」と思う人と、「まーそれだけが原因じゃなかろうけど」と思う人がいるのかなと思います。

実際はどうなのかというと、正直言って自分自身もそこの因果関係の深さは突き止め切れていません。

しかしながら離婚を思い始めた時から、私には一つだけ確信を持って言えることがありました。

それはセックスレスだったけど、セックスレスが原因で離婚するわけじゃない」ということです。

 

世の中には、セックスレスが嫌で、それが直接原因となって離婚する夫婦も多いと思いますが、私は「自分は違う」ということに当初ずいぶんこだわっていました。

というのも、私が離婚を考えたきっかけはセックスレスとは無関係のことで、その上、浮気や借金や暴力のような「一般的に夫婦を終わらせがちな理由」でもなかったのです。

詳しく書きませんが、私以外のほとんどの人にとっては「そんな些細なこと」と一笑に付されてもおかしくない程度のトラブルがあり、そのことで自分の中にあった夫を尊敬して居続けるための「要石みたいな部分」が欠けた感じがしました。

それが離婚のきっかけで、大きな理由でもあります。

でも、当初そんな分かりづらい理由は元夫にすら理解されないと思っていましたし、元夫も含めて自分以外の人にも、分かってもらいたくて言葉を尽くしているうちに相手から滲み出る態度や言葉で自分が傷つくんじゃないかと怖れていました。

つまり、セックスレスという一般的に夫婦を終わらせがちな「分かりやすい理由」と私の「他者には分かりにくい心情」とを並べたら、人は分かりやすいほうを頭に入れるはずで、私がなにを言ったって「はいはい、セックスレスが原因と思われたくなくて色々言ってるのね」と思われてしまうのが世の常と思っていました。

私はそうなるかもしれないと考えるだけでとても嫌で、実際に起きていない事なのに屈辱感さえ感じていました。

で、渦中から出た現在の私は自分でも「あれ、なんでそんなに嫌だったんだろう?」と思います。

他人に「セックスレスが理由でしょ」と思われたくなかったこだわりは、私の意地?

プライド?なんなんでしょうか…?

結婚生活の心の清算は離婚する時に終えたのに、ここにきて新たな「?」が出現しました。

そのからくりを考えたくなって、書くことにより清算ができるかと思って今回は筆を執りました。

いま、日本人夫婦の4割だか5割はセックスレスらしいので、同じような気持ちの方もいるかと思います。

長くなりますが、もし興味のある方は良かったら読んでください。

 

そこにいたる経緯

では、私達の歴史というか、営まなくなっていった経緯を話します。

元夫とは互いに22歳から付き合い、交際期間5年は特に問題ない頻度で営みがありましたが、27歳で結婚して2年目から徐々に間隔が開くようになってました。

もともと夫のほうが淡白で、私からしか誘うことがなかったので、よくある「夫から誘われなくなったわ」という変化は感じなかったのですが、誘いに乗ってこない率が増えたな、とは思ってました。なーんか最近打率悪いな、みたいな。

でも付き合ってる段階なら「なんとかしなきゃ」と思ったかもしれませんが、結婚してるので「この先いつでも出来る」という意識があるし、夜は眠いし、「今日はいいや」が恒常的になっていったのです。

頻度は1.2か月に1回あるかないか程度になってきて、私もムラムラすること自体が減り、その状態が2年くらい続いていたら私が他の人に気持ちが移ったので、離婚を視野に入れた別居をしました。

そのまま別れるかと思いきやなんやかんやあって8か月後に復縁。

別居中に色々と話し合う中で、この当時のレスの理由については元夫はこう語っています。

「結婚前は避妊するのが当たり前だったけど、結婚しても避妊するのがいいのかわからなかった。子供はゆくゆくは欲しかったけど、二ニコが資格を取って仕事始めて楽しそうにしてるから、今じゃない気がした。でも具体的に子供の話をしたことがないから気持ちを確認するのが怖かった。それでセックスするたび直前に避妊の確認するのが億劫で、だんだん遠ざかってしまったんだよ。」

なるほど。

今聞くと「ただの話し合い不足」なのですが、若さゆえのこういう初々しいすれ違いはありますね。

もし結婚後に自然とレスって悩んでる方がいたら一例として参考にしてください。

それで復縁の際の話し合いで「子供はやはり欲しいね」となったし、一山乗り越えた夫婦愛的なものを感じていたので、そこからしばらくは、まぁまぁ営んでいました。

しかし、セックスレスの影はまたしても私たちの生活に忍び寄っていたのです……。

 

妊活らしきもの

私達が31歳を過ぎた頃のセックスは「妊活」としてありました。

なので、排卵に合わせてして生理が来たらまた翌月チャレンジという感じ。

ぶっちゃけ排卵ドンピシャ狙いの一回で妊娠するのってムリなのでは…?」というのを薄々感じてはいました。

でも、そこを突き詰めて考えると「そもそも自然妊娠というのは、試合数の多いカップルが数打つヒットの中で出せるホームランみたいなことだから、試合数が月イチのくせにホームラン狙うのって、分母が少なすぎでは......?」という現実を受けとめる事になるので、私は目をつぶっていました。

本来は、モヤっとしていることを放置できない性格の私が、なぜそこに目をつぶっていられたのかと考えると、今思えば私が心の底から「子供が欲しい!」の気持ち100%で臨んでなかったからかもしれません。

私は、生理が来ると毎回確かにガッカリはしましたが、同時にホッとしている自覚もあったのです。

いつもそれはちょうど半々で、毎月出血があるのを確認するとカミサマか何かに「だってお前は心の底から懇願してないだろ」と言われているような気がしていました。

自分でも「ここで100%ガッカリする女にしか、赤子は宿らないようになってるのかも…」と思うところまでが、までが毎月のルーティンでした。

 

その当時、ちょうど地元友達には妊活ガチ勢が居て、彼女たちが積極的に医療の力を頼り「年内には!」などと具体的目標を話すのを聞くと、私は、自分が実は100%妊娠を望んでいるわけではないことが不謹慎なような、罪悪感みたいなものがありました。

それに妊活ガチ勢の彼女たちは、ちゃんとすることしたうえで自然妊娠しないわけですから「打席で振るけどホームランが出ない状態」なので、医療の力を頼るのは分かります。

でも、私はすることしてないからそりゃ妊娠しなくて当然。

いわば「打席にほとんど出ずにホームラン狙ってる人」なので、我ながら滑稽な状態だとは思いましたが、それでも可能性がゼロではない「一応、選手ではある状態」を保つことで他人からの「子供どうするの?」の圧力攻撃に耐えうるバリアが得られているような感じはありました。

 

ただでさえそんな意識低い系の妊活だったのですが、やがて夫の飲み会や出張、私も親や友達との旅行などで、排卵頃に予定があったら「今月は無理だね」と飛ばす回が出てきました。

妊活業界でセックスは「仲良し」と称されるらしいんですが、私たちは排卵に都合が合わない場合、その期間の前後に「仲良し」はせず、翌月繰り越しでした。

でも体の仲良しはなくても心は仲良しで、夫婦仲はいたって良好。

毎日「おやすみ」も「いってらっしゃい」も軽いキスと共に言い合い、寝床ではハグしたまま毎晩眠っていました。

20歳そこそこの交際当初のように衝動的にムラりときて始まる、なんてことは無くなったけど、同じ相手と長い時間を経て落ち着くのは当たり前だし、年齢的にもギンギンしてるほうが不自然だという認識だったので、私はその頻度でもいいやと思ってました。

ただ、「今月はできないね」と決まると、口では「残念」と言うものの、夫婦共になんとなく安心しているような空気感があり、私は「セックスがない生活のほうが快適かも」という己の本心に気付きはじめていました。

そして、ひと月おきになって、また飛んで……廃刊になる雑誌のごとく、月刊から隔月を経てとうとう季刊へ……。

そんなこんなで、気が付くと年齢は33歳を目前としていました。

 

婦人科滅多打ち事件

この頃のセックスはもう、いちおう途切れないようにはしているという記憶です。

別に夫のことは嫌でもないし、したらしたで気持ちいいし、すっきりもする。

でも不思議と、する前はいつも「あーさすがにそろそろしなきゃだなぁ」と重い腰を上げる感覚がありました。「始めたら集中して楽しいし気持ちいいのに、直前まで腰が重いところ」はまるで皿洗いやお風呂掃除のよう。

だから時々ふと「これってがんばってすること?」と思ったり「いま子供が出来たらしばらくはこの感じから解放されるけど、子供産んでそのあとはまた『がんばってしなきゃ2人目ができない』って悩むの?うっわめんどくさ!」と否定的な考えがよぎることも増えてきて「このペースでいくと私は子供ができないかもな……」と思うようになりました。

でもそんなに悲壮感はありませんでした。

というのも、この頃になると私は、自分の心の内訳を「本気で子供が産みたい欲しい」という気持ちよりも、「老後『出産適齢期にもっとそういう努力すればよかった』と悔やみたくない」という気持ちのほうが大きいんじゃないか?と気付きつつありました。

だから「ある程度自分が気が済むところまで妊活らしきことをしたら、どこかで区切ろう」という気持ちが徐々にメインになりつつあったのです。

しかし心のどこかには「子供が出来たら、私たち夫婦は新しい段階に行ける気がする。」という期待みたいなのもまだあって、常にその2つの葛藤は渦巻いていました。

 

そんな中、妊活ガチ勢の中の一人にその想いを話したら

「そっかぁ。二ニちゃん、AMH(アンチミュラーホルモン)検査って、したことないんだっけ?してみたら考えの材料になるかもしれないね。」

と助言をもらいます。

初耳だったので説明してもらうと、AMH検査とは、「血液の中のホルモンを調べて自分の卵巣に残された卵子の数を推定するという検査で、採血だけで済む」とのこと。

卵子の残量が目安でも分かると、確かに方針が決められそうな気がしました。

残りの卵子がもう少ないと分かれば、そこで「なら諦めよう」と自分がふん切れるかもしれないし、まだまだ打ち止めは先だと分かれば「じゃあ〇歳までは頑張ろう」と決め切れるかもしれない。

とにかく先の見えないY字路の前で立ち止まっているような状態の自分がもう嫌で、手掛かりを求める気持ちで産婦人科に行くことにしました。

しかし、そこで不妊に関するいくつかの検査のうち一番痛いという感想の多い「卵管像影検査」というのを先に受けることになり…。

もう、この時のことは思うところが色々ありすぎて、また別の機会に書き殴ろうと思っているので、今回は省きます。

とりあえず、読んでいる方には「私がおまたを開いた状態で痛い目に遭う上に精神的にグサグサ来る言葉を浴びせられた。」ということだけわかって頂けたらいいです。

検査自体が地獄の痛み苦しみでな上に、精神的に傷つく対応をされたので私は帰りの車の中でわんわん泣きました。

夫が帰宅し、夕食後いちおう明るいトーンで「今日さ、婦人科行ってきたんだけどさ」と切り出しましたが、話しているうちに恐怖が蘇り、また号泣。

夫は私を抱っこしながら私の嗚咽が止まるのを待ち、少し落ち着いてから私がやっと「しばらく無理、何も考えたくない。」と告げると「そうかー、そうだね」と頭をなでながら慰めてくれていました。

これは私の中では婦人科滅多打ち事件という名で生涯一痛い経験として年表に刻まれています。

ガッデム!

 

レス界へようこそ

そんなわけで、私は事件以降しばらくは仰向けでM字開脚をするだけで悪寒が走り、極度におまたの防衛反応が過剰な状態に陥りました。

なので「こんなんなら当然逃げてよかろう」と自分に免罪符を下ろし、シモ方面を忘れて暮らし、メンタルの回復を図ります。

数か月経つと、だいぶ記憶も薄まりだして無感情でM字開脚出来るようになったのですが、そうなるとさすがにいつまでもセックスから目を背けた生活を見直さなければなりません。

しかし、それまでが途切れそうながらもなんとか続けていた生殖活動でしたから一旦ブッた切ってしまうと戻れない…ゼロから1のハードルがきつい……。

夫からは「そっとしておく」という名のノーアプローチ状態が続き、私から動かないと事の進展が望めないのは分かっていました。

でももうセックスや子供に関して夫婦で話題にすること自体が、かなり勇気のいることになっていました。

 

この頃から、私はネットで頻繁にセックスレス関連の記事を読むようになります。

美人女医のコラム、AV男優のお悩み相談、知恵袋、発言小町……etc

私は自分と同じ境遇の人をいつも探し、道が開けるようなアドバイスを探しました。

しかし、私の分析によるとセックスレス関連の女性のお悩みは、ほぼ以下の3種類。

①自分はしたいのに夫はしたくない「拒否られレス助けてタイプ」

②自分はしたくないのに夫はしたがる「レス続行したいのにタイプ」

③二人ともしたくないからしてない「このままでいいのか?タイプ」

それで、この中で言えば私は③に当てはまるのかなと思いますが、このお悩みを持つ相談者さんは、だいたいが「夫婦仲が冷め切っているケース」なんです。

だから、回答も大抵が「まずは肩を揉んだりといった日常の軽いスキンシップから復活させてみて」とか「二人が満足するなら手を繋ぐなどスキンシップだけでもOK」みたいなゆるふわ回答ばかりで、私はいつも心で叫びんでいました。

違う…スキンシップはあるんだ…

スキンシップがある上でセックスがないんだ…!

そしてスキンシップで子供は出来ないんだ…!!

私たちのような「仲は良いけどレス夫婦」って、実際そんなにレア案件じゃないと思うのですが、なぜか「二人ともしたくないレスは仲が冷え切ってるパターン」しかなくて、同じ状況を訴えている相談にも有意義な回答にも巡り合えませんでした。

あと、こういう相談の答えってよく矛盾してて

「男性は鈍感な生き物。伝えたいことは直接言わないと分かりません。」

と書いてあるかと思えば翌週には

「男性はデリケート。女性からの直球な誘い文句はプレッシャーで逆効果かも。」

と書いてあったりします。

いや、「言え」なの?「言うな」なの!?どっち!?どっち!?どっちなんだいッ !?と、なんど筋肉ルーレットが発動しそうになったことか。

私はいつも「くだらん、男性はデリケートだの察するのが苦手だの、そんなの結局個人差じゃん!」とプリプリしつつも、頭の中で本当は分かっていました。

「個人差なんだからそんなの読むより、夫に聞くしか答えは出ない」という真理が怖くてそんな記事に救いを求めてる自分が一番しょうもないということを……。

そんな自己嫌悪を幾度となく繰り返し疲れた頃、私はやっと夫の気持ちを直接聞くことにしたのです。

 

夫の本心

私が夫にずっと聞きたいけど聞けないでいることは2つ。

1現時点で子供が欲しい気持ちはまだあるのか?

2長いことセックスしていないけど欲求はないのか?

無事に話し合いはできたのですが、私は納得と腑に落ちなさの入り混じった複雑な心境でした。

まず、腑に落ちなかった点は、勇気を出して夫に1つ目の質問をした時のこと。

私が「ずっと妊活もしてないけど、子供ってもう諦めた感じ?」と聞くと、夫は少し驚いたような顔で答えました。

「え、あの、婦人科の後のやつ、二二ちゃんの終了宣言だと思ってたから俺ももうそのつもりでいたよ?」

私が「え?」となって、よくよく聞くと、夫は私の号泣を「妊活もう無理ギブアップです宣言」だと捉えていたと言うのです。

「そんで、二ニコに無理させてまで子供が欲しいわけじゃないしなぁと思ったから俺も別にいいやってなったんだよ」と。

 

いや、あれで泣いてたのは単に婦人科でめちゃめちゃ痛くて怖かったの思い出して泣いちゃっただけで、私「しばらく何もかんがえたくない」としか言ってないよ?

そんで仮にその時そういう意味で受け取ったとしても、そんな大事なことは落ち着いてから再確認しない?

さらに、自分の考えもそうなったっていうのを私に言ってなくない?

後から言語化したらこういう文句になるモヤモヤが頭の中で立ち込めてゆき、私は「そうなのか」と言ったきりフリーズ。

1分くらいしてなんとか再起動した頭で「とりあえず二個目の質問を!」と思い、モジモジしながら聞きました。

「そんで、もう長いことしてないけど、体的には、その、大丈夫なの?欲求というか、そういうの…」

すると夫は、困惑したような顔で話してくれました。

長い話でしたが、要約すると夫がセックスを避けるようになった理由は「トラウマ」でした。

私と別居から復縁してしばらくあった営み行為の中で、どうしても私が他の男性に抱かれていたという事実がよぎってしまい辛くなった、と。

でも、完全に私のことを赦すと決めた以上その辛さを私の前に出してはいけないと思ったので、でもすると辛いからまた遠ざかるようになってしまっていたと。

そう告白をしてくれました。

聞いた時は「なるほど」と大変納得しました。

夫の気持ちにも納得がいったし、結局は私の悩み苦しみは、自業自得だという状況にも納得しかありませんでした。

 

でも今思えば、ここが分岐点だったような気がします。

ここから何年も自分たち夫婦の関係性を考える時に、この場面が思い浮かびました。

夫にトラウマを植え付けたのは私だという罪悪感が強烈にある一方、子どものことを明確に確認せずに決めつけられていたことへのイラつきみたいな感情が蘇り、感情のやり場が無く苦しむことが度々ありました。

結婚生活が道だとしたら、ここから下り坂がはじまって最終的な別離に繋がっているという感じがしています。

 

いとなまない日々①

夫の告白以降、私は自分から誘うことが出来なくなり、もともと私が誘わないと始まらない2人なので、ここから約7年に及ぶ営まない日々が始まります。

ええ、皆様においては「ここからかよ!」が正しい反応だと思います、はい。

でもここから離婚までの間、夫婦の空気感はそれまでが「嵐」だとしたら、ただひたすらの「凪」。

セックスもないけど、夫婦で派手にぶつかることもなく、ただただ穏やかに暮らす日々でした。

33歳になってすぐ私の父が亡くなり、しばらくはそれに伴う後始末に追われ、それが落ち着くと今度は夫の転勤で福岡に引っ越しがあり、福岡で落ち着いた頃の私たちは36歳を過ぎていました。

子どものことは、35歳になった時に、まだ自分が婦人科の診察台に座るイメージだけで寒気がすることから「あ、私はこの恐怖は一生克服できないな」と悟り、一人で辞退を決めました。

本当は40歳までは悩みそうな予感がしていたのですが、(母が私を妊娠した年齢なので)35歳もキリがいいし「老後に後悔しない程度には足掻いたな」という実感が生まれつつあったので、未練無く産まない人生の選択に至りました。

 

さて、そうは言っても子作りにタイムリミットはあれど、性生活にタイムリミットはありませんから、レスであることを憂う生活は続きます。

そもそも改めて考えてみると、人間がセックスをするのは繁殖娯楽が目的で、繁殖目的を捨てたのだから、私が今後セックスをするとしたら娯楽のためということになります。

でも若い頃のように娯楽目的で夫とセックスする気力はもうありませんでした。

ついでだから書いておくと、たまにTVで「まだ現役だで!」みたいなことを言うお爺さんがいるけど、その世代って若い頃に世の中のほかの娯楽が発達してなかったから、セックスが娯楽の選択肢として馴染みがあってそのままお爺さんになっても続けてるだけだと思うんですよね。

こんだけ世の中に娯楽の選択肢が増えたら、そりゃわざわざ人生が変わるリスクもあるセックスを娯楽で選ぶ人は減るだろうし、「若者の草食化」も当然の流れだよなぁと思います。

そういうわけで私も他の娯楽で忙しいし、夫のことは常日頃「好きだな」と思う場面はあったけど、もう兄妹や親友のような好きの感覚だったので全然する気が起きなかったのです。

「だったらウチは2人ともしたくないからしない」で、一件落着じゃない?もう悩むことなくない?

私の心の中のもう一人の自分はよくそう言っていましたが、そこで素直に「うん」と言えない自分もいるのが人間の複雑なところ。

この頃になると「レスであることが悩み」という状態の人が羨ましく思えていました。

なぜなら、私は平穏な生活を送りながら、レスが嫌なのかこのままでいたいのかすら分からないという、心境ぐちゃぐちゃ地獄にいたからです。

 

いとなまない日々2

そうなんです。

私が雑誌などで悩み相談を読んでも相変わらずピンとこないのは、そもそも自分自身で自分がどの程度セックスを求めているのかよく分からない状態だからです。

そこで初心に立ち返り「私ってもうこの先セックスしないの?」と未来を考えてみたのですが、やはり夫とはこの先セックスする想像ができませんでした。

かといって夫以外の人とセックスするとしたら不倫か離婚かの2択となりますが、どちらも考えるだけで気が遠くなるほど面倒くさくて、「その面倒さを上回る程にセックスしたいか?」と考えると、全然したくない。

となると、この時点で私はこの先セックスのない人生だと確定するのですが、そうなると悲しいような切ないような謎の絶望感に襲われるので、また最初の質問に戻るという無限ループ…。

一体私はどうしたいんだ!?セックスがしたいのかしたくないのか自分で全然わからない!夫婦仲の問題なのか?でもムラムラしないだけで仲は良いのに、わざわざ問題視するほうが引かれる?どうしよう、どうしたいかが分からない!

ウガー!

いつもじゃないのですがたまにこういう波があって、自問自答しては苦しんだ末に知能がゴリラになるのを繰り返していました。

なんとかそのモヤモヤから脱したくて、映画のアメリカ人とかが夫婦でカウンセリングに行くのを見習って、私たちも夫のトラウマを解き夫婦再生のためにはそういうところに行ったらいいんじゃないかと調べたりしましたが、結局やめました。

 

というのも、私が色々悩んでいる傍らで夫はセックスレス状態をまったく気にしていない様子だったからです。

そりゃ、本心は分かりませんが、思えば若い頃から夫は私よりも欲求の無い人でした。

人を観察していると、その人の「性欲の強弱」は「他人への関心度」に比例する気がするのですが、それで言うと夫は異性への関心どころか、男女問わず他人への関心が薄い人なので、レスになる前から私は「本当は夫には性欲など無いけれど、親切心があるから私に応じてるだけなんじゃないか?」と疑ってしまうほどでした。

 

ですから、夫の発言からは何年も私たちが営んでいないことも「長年連れ添った老夫婦が、互いに体は欲さなくなったが心の絆が出来上がっているから、居るだけで満足できる存在になった」みたいに思ってるフシがよく読み取れました。

そんな夫と一緒に暮らしていると、夫は煩悩を断ち切った高尚な人間なのに、私は下衆で、「いい年してほかに考えることないの?」と自分を卑しく感じたり、私も夫のように達観できたらいいのに、と何度も思いました。

というわけで、私の心の中はずっと混沌としていましたが、表面的には爆発に至るほどの熱量で不満があるわけでなく、良く言えば平和、悪く言えば進展のない生活が続いていました。

そして39歳になってすぐ「一見すると些細な出来事」があってから、私の中で夫が別人になりました。

自分の生き方と夫の存在についてもろもろ考えた結果、別れたほうがもっと幸せになりそうだと思ったので話し合いを経て理解を得られ、1年後に無事に離婚に至ったということです。

というわけで、下地としてセックスを含むコミュニケーション不足は絶対ありますが、仮にセックスしている仲だったとしてもおなじ「一見すると些細な出来事」があったら私は最終的に離婚していたと思います。

だから離婚原因もセックスレスだと思っていないのです。

でも私が何と言おうと「セックスレスが原因ね」と思う人はいると思いますし、今となっては私も本当にどっちでもいいことだと感じます。

しかし、そうなるとやっぱり、冒頭に書いたように「じゃあなんでそんな所に私はこだわっていたんだろう?」という疑問が拭えません。

 

実はこの文章、書き始めてから2か月経つのですが、ずっとそのことを考えながら書いてきて、やっと答えにたどり着きました。

それは「自分の中にこれまで気付いていなかった偏見があったから。」でした。

次の章で説明します。

 

衝撃のチッチ

私が自分の中の偏見に気付くヒントになったのは、ある女性の存在でした。

ずっと忘れていたけど、今回この文章を書くにあたって記憶を整理していたら出てきました。

それは私の職場に短期派遣で来てくれていた27歳くらいの子で、今思うと顔がBiSHのセントチヒロチッチに似ていたのでここではチッチと呼びます。

チッチは明るくオープンな性格で、歓迎会の時にアッサリと自分がバツイチであることを皆の前で明かしました。

そこで誰かが「その若さでなぜに......?」と聞くとチッチはまたケロリと答えます。

「あっレスです~!子どもも欲しいのに全然してくれないダンナだったんで、つまんないから別れちゃいました(^〇^)!」

この発言は私にとってかなり衝撃的でした。

なぜかというと、レスの人は当然「①したくないからしていない人」「②したいけどしてない人」の二通りいるわけですが、それまで私が出会って直に話を聞いたことがあったのは①の人だけだったからです。

①の人にとってのセックスレスは「したくないことをしていない」という、本人にとってはなにも矛盾がない状態なので、そこに問題意識や特別な思い入れが無いのか、これまでもフランクに話してくれる人はいて、皆「したくないからこれでいい」という感じでした。

でもチッチは完全に②の人でした。

私はすごく衝撃的であるのと同時に、なにかモヤっとした感情が心の中に広がったのを覚えています。

が、当時は深く考えず、その後もチッチとは特に親しく話することもなく派遣期間が終了して去り、何年も彼女のことは忘れていました。

今、その発言を思い返して感情を再燃させると、心がモヤっとした理由が分かりました。

私はチッチに対して「羨ましい」と「ああなりたくない」という、矛盾する感情が同時に生まれたのだと思います。

いつも私の心のモヤは矛盾のある所に発生するので間違いないです。

私はまず、チッチがレスを公言できているところを「羨ましい」と思いました。

その頃、私はもう完全なレスになって5年くらい経っていたのに、若い頃からセックスの話題も平気でできるような親友にすら、なぜか言えてなかったからです。

だから、人前で堂々と言えるチッチを「すごい…!」と思ったし、下世話な話なのにそのオープンさのおかげでカラッとした爽快感さえ感じ、羨ましく思ったのです。

そして、そんなに羨ましいと思う一方で、私はなぜ「ああなりたくない」とも思ったのか?

 

セックスと女の価値

私は、チッチの言葉を聞いた時になぜ咄嗟に「ああなりたくない」とも思ったのか?

それを考えていくと、自分の中に密かに「異性に求められない女だと思われたくない」という気持ちがあることに気付きました。

「そんなのわりと誰でも思う気持ちじゃない?」と言う人はいるでしょうが、私は、「自分は違う」と思っていたのです。

いつも言ってますが、私は普段自分の性別を意識して生活していないし、「女性らしさ」を押し付けられるのも嫌だし、「女としての価値」みたいな話題は、男性が女性を値踏みしているニュアンスを感じるので、嫌いなのです。

だからいわゆる「男ウケ」を意識せずに、女性が自分自身の好きな容姿や言動をしている状態に美学を感じるというか、まぁ、簡単に言うとフェミニストである自覚があったわけです。

でもそれならば、「好きに過ごしていたらパートナーとセックスレスになった」ということも、私自身が自分を貫いた結果だから、私は本来ドーンと受け止めるべきだと思うんです。

そして、自分自身がドーンと受け止めて肯定できていることなら、私は親友にはなんでも話せるはずなんです。

それは、たとえ人にセックスレス=私が女性として求められなかった結果」だと繋げた見方をされたとしても、本来なら「それが何か?」くらいの態度であるのが、私が理想とする人間像なんです。

 

でも私が親友に話せずに隠していたかったということは......

チッチに対して咄嗟に「ああなりたくない」と感じたということは......

私の心の根底に「異性に求められる人間のほうが価値が高い」という偏見が存在していたからじゃないかと思うのです。

なぜそう思うかというと、その偏見がなければ、私はセックスレスをただの人間関係のこじれの一種だと割り切っていられるはずで、親友にも渦中に「そういうことになってんだわ。」くらいのトーンで話せていたはずなんです。

それが私には出来なかったし、アッサリと明かせているチッチを見て「なりたくない」と感じた。

それは私の中に異性に求められる人間のほうが価値が高いという偏見があるからこそのセックスレスであることを人に明かす→私が夫に求められていない女だと思われる→自分の価値が下がる→それは嫌だ」という思考回路があった証拠。

異性から見た性的価値うんぬんを「くだらない」と切り捨てるような人に私は憧れ、理想としていたのに、実はずっと自分の性的価値の下落に怯えていたのですね……。

今、書きながらそのことが分かったので、わりとショックというか愕然としています。でもそれ以上に自分の偏見に気が付けたので良かったという爽快感も感じます。

なにより、冒頭の「?」が解決できたので無事に書き終えられそうで安心しています。

 

さいごに

現在、離婚後にできた恋人とはよくセックスしてるのですが、状況が変わってさらに分かったことがあります。

まず、なんでセックスレスになったのか分かりました。

それは、私はずっと自分のセックスをしていなかったからだと思います。

どういうことかというと、洗い物のように若干の義務感さえあるイメージになっていたセックスでしたが、恋人がまたできたことで「好きだから相手とくっつくのが楽しい」という娯楽感覚を思い出しました。

すると、今まで自分も、夫に限らずどの相手も、どこかのAVを真似していただけなのかもしれないと気付いたのです。

思い返せば、昔からセックスの直前までは相手とふつうにおしゃべりしているのに、始まると会話をやめて男性は真剣な顔をして私は恥ずかしがる。

それは、セックス時のマナーというか「しかるべき型」に従って、だいたい同じプログラムを演じているような時間だったように思います。

だからセックスをしている間だけ、自分も相手も別人格のようで、私はそれを「そういうもの」だと思っていて、疑問を持たずにこの年齢まできました。

でもセックスがコミュニケーションであり、愛情表現のひとつだと考えると、人それぞれその個性が出るずなのに、皆が「しかるべき型」に従っているのはとても滑稽なことだと思うようになりました。

今の恋人とは自分も相手も日常から地続きの人格でできるし、誰の真似でもないセックスなので自由でやりがいを感じます。

それでもいずれセックスレスが訪れる日が来るのかは分かりませんが、まぁその時はその時で今度は親友に相談できるのでいいです(笑)

 

ついでなので、もうちょっと定型セックスについて思うことを書きますと、なぜ男女共にセックスのしかるべき型が出来ているのかというと、おそらく多くの男性のイメージする「セックスってこんな感じ」という入り口のお手本が、日本のアダルト動画がメインだからだと思います。

AVの世界は男性の欲望ファンタジーを映像化したものですから、そこに「男性に都合の悪い女」というのは出てきません。

生身の女性相手にやったら、人によっては痛さでダメ、恥ずかしくてダメ、生理的にダメ、という行為が含まれていたとてもAVの中の女は全員「気持ちよがることになっている」ので、男性は自分の彼女にも同じことをしてみたくなると思います。

男子がエロ本やAVを見て楽しみながらファンタジーな女扱いを学ぶ頃、女子には適したエロコンテンツがありませんので結局早めに経験した友達の話というのが女子の一番教材になります。

しかし、早めの経験女子の教えも結局は相手の男子からの受け売りですし、彼氏が求める女の姿に自分を近づけるのが楽しい年頃なので、AV女優がお手本の「恥じらいを持ちつつ気持ちよがる女」が女子のしかるべき型として流布されていきます。

そういうわけで、男女ともにAVセックスの模倣に励んでいるだけで、愛情表現の交換という本来のセックスの意味を成していない人がすごく多いんじゃないでしょうか。

べつに私は世の中の人のセックスが定型だろうと楽しくなかろうと、いいっちゃいいんですけど。

でも女体のほうがヤワだし、妊娠する仕組みも女体にだけついてるし、男性優位のAV通りに男女が従ってやってたら損するのは圧倒的に女なので、やっぱり真似しないで各々自分達の相手に合わせて現実に即したセックスをしたほうがいと思いますよ。

 

さて、最後の最後に。

今回こんな文章を書いた1番の目的は、自分の心の整理と納得のためですが、次の目的はやっぱり私は私のような人を励ましたいんですよね。

セックスレスの人の中には、私なんかよりもっと真剣に「パートナーに相手をしてもらえない人間」というレッテルを心に貼って苦しんでしまっている人もいると思います。

それで、私もそうだったので分かりますが、「いい年してセックスのことで悩んでいる自分が情けない」とか、パートナーに拒絶されたりすると、性欲のある自分自身を汚く感じたりして自分を責めたりすることもあると思います。

でも、私も、そうやって自分を責めて何回考えても自分がセックスしたいのかしたくないのか分からなくて苦しかったけど、今は自分が何を求めていたのがやっとわかってきたんですよね。

私が求めていたのは、セックスの行為そのものじゃなくて、夫とコンスタントに体が一つになることで心も一つになっているという実感だったんだと思います。

セックスができる相手としか到達できない、特別な人間関係が夫と築きたかったのだと。

それが分かることで、最終的には別れに至りましたが、そこに真剣になれる相手と私は結婚してたんだな、良かったな幸せだったな、という想いにもなれました。

 

だからセックスレスの悩みは、ただの性欲や欲求不満うんぬんの話じゃなくて、人として愛情を注げる相手と真摯に向き合っている証拠だと私は思います。

ですから、もし今これを読んでいる人で、悩み苦しんで自分を責めるようなことがあったら、「あなたは汚くないし間違ってないから大丈夫」と伝えたいです。

 

日本ではセックスを「猥褻なもの」という側面でしか捉えていない文化が強すぎるから、「セックスレス=欲求不満な人妻」みたいに簡単にエロに繋げられてしまうけど、本来はセックスも人の命の誕生に関わることだし、人が人と繋がりたいという欲求自体は、尊いことだと思います。

だからそこに真剣に悩む自分を卑下することはないんです。

セックスレスで思い悩んでいたかつての私にも、出来るならそう言ってねぎらいたいです。

 

 

ふう。

今年の頭に離婚して、今年のうちに清算したかったことなので無事に書き終えて良かったです。

離婚して、自分の好きな文章を書くことに思い切り時間が費やせると思っていたけど、なかなかそうもいかなくて、相変わらず今年もブログは放置してしまいました……。

その分、熱量が凝縮している文章が書けた気はしていますが(笑)

また来年もよろしくお願いします。

 

では、皆様良いお年を。

 

 

 

 

 

近況

 

1年前の自分に「来年のあなたは離婚して一人で暮らしているよ」と告げたら

どんな顔をするんだろう。

信じないか、信じるとしても、円満にその状態を作り上げるために

自分がどう立ち回ったらうまく事が運ぶんだろう?ということに

思案を始めてしまうか、多分そんな感じだろうと思う。

2020年

1月にふと予感がして、4月に自分の中で確信になって、

6月に相手に告げて、12月に確定した離婚。

 

想像以上に大変だった部分と、想像以上にあっけなく済んだ部分とがあって、

全部が終わって一番思ったことは「勉強になった」だった。

 

今年の1月、月末から住むつもりの一人暮らし用の部屋を探している時

不動産屋の車に乗っていると運転席の若い営業マンはもじもじと言った。

「あの、失礼ですけど、その、ご離婚は確実にしますか……?」

離婚に伴う名字の変更は賃貸契約に際して最適な時期がいつなのか疑問だった私は

、そういうのは現場の人に聞くのが一番だと思ったので車内で既に聞いていた。

そのあと、天気の話とか職場までの距離の話とか、なぜか営業マンの飼っているハムスターの話もはさまって、少し沈黙があった後に彼は先述の質問をしてきたのだった。

私が(変な聞き方をするなぁ)と思いながらも、素直に「そうですね」と答えると営業マンは、すんなり答える人で良かったな、の気持ちが透けるような安堵の声で

「あー、あのですね。ぶっちゃけてしまいますとですね。夏から後、すごく多くてですね、コロナ離婚。」と話しはじめた。

「はぁ」

「そいで、コロナ離婚の特徴がですね。ドタキャンなんですよ。」

「ああ….。」

私は質問をされた意図がここで分かり、その後の説明もそうだった。

ようは、コロナ以降、パートナーを見つめなおした結果「この人とはもう無理!」となった妻が一人着々と離婚準備を進めるべく部屋を探すのだと。

しかし準備が整い、いざ契約に差し掛かろうという段で夫に切り出した結果これまでにない深い話し合いが持たれ、夫婦再構築の道を選ぶケースが多いのだと。

「いや、僕はいいとですよ、別に。直前でキャンセルなりましたーでも、一組の夫婦が離婚せんで済んだと思ったらよかったよかったですよ。でも、営業マンとしては契約書類一式作っとりますもんでね。それがパーでしょ。だからまぁ、その、確実度の高さというのは知っておけたら、その、仕事の段取りやなんかも変わってくる部分があると言えばあるというか…まぁ、そういうわけでして」

 

私は「本当にすごくぶっちゃけたな。」と思いつつ「なるほどねぇ」とも思ったので

「貴重なお話をありがとうございます」と言った。

 

業界人からこういう「なるほどねぇ」な話を聞くと、これまでは「帰って夫に話そう」と思うのが癖だったけど、その時は思わなかった。

思わなかったし、思わなくなったことにも気が付かなくて、今これを書いてるから「そういえばそうだな。」と気が付いた程度だ。

手放しても寂しくないのが不思議だけど、離婚して一か月の間も実際に寂しくなくて、

帰ったら一人の時間が待ってることに朝からワクワクする毎日。

12年間、ずっと好きだったし、仲良く暮らせていたのに、なんだったんだろう。

結婚しなきゃよかったとも思わないし、結婚で得られる幸せは確かに味わえた。

でも、私は自分とおなじくらい大事に思えなくなったということには気が付いてしまったので、これは一緒にいたら悪いことになると思った。

だから結婚生活を終わりにした。

 

とりあえず、今月の私は「自分のしたいことに気が付く月間」をしている。

レイトショーに行く。仕事帰りにサウナに行く。仕事を持ち帰って家でやる。壁に絵を飾る。ベランダで植物をたくさん育てる。お風呂で漫画を読む。その時アイスも食べる。瀧川鯉八のDVDを買う。徹夜でYouTube観る。コンセントさしっぱなしで暮らす。iPhone充電したまま寝ちゃう。

自分の「欲しい」「したい」をすんなり実行に移す時

「あ、私こんなの我慢してたんだ」ということに気が付いて笑う。

こんな簡単なこと、こんなちっちゃいこと。

我慢してもしなくても相手は気づいていないようなことなのに、なんとなく夫が嫌がりそうだと思ったらしないようになっていた。

そういうの全部やっちゃうもんねー。

 

 

1年前の私もそれなりに幸せだったけど、いまは、お風呂でハッピーマニアを読み返しながら「ふるえるほどのしあわせ」ってこれかもなぁと思いながら暮らしてる。

幸せとは「今の自分が一番好き」と心の底から思えることかもしれない。

 

3月8日国際女性デーによせて。

お題「#この1年の変化」

このウイルスは私たちの生への執着を試している

 

今月のはじめ、関東に住んでいる母に電話をした。

月に一度の定期連絡で、お互い近況などを話した。

話題はコロナのことになる。

母は80歳だが、健脚で趣味は散歩だ。

しかし散歩と言っても近所をひと回りしてくるレベルではなく、埼玉南部の家から電車で新宿まで出て、そこから青梅街道を40キロほど徒歩で帰ってくるといったアグレッシブなレベルだ。

80歳になったので、さすがにそのレベルの散歩はあまりしなくなったらしいが、それでも5キロ程度の散歩は毎日かかさず、今も週に2.3日は10キロ越えの散歩をしていると言う。

母が元気なのは何よりだが、そんなわけで母の行動範囲は広い。

そしてここ数年は近隣を散策するより、電車で都内の賑やかな駅に一旦出て疲れるまで線路際を歩いて帰宅することにハマっている。

そんな背景があってのコロナ。

そして母は変人だ。

変人というか、とにかく母は昔から「周囲に流されない」という特徴を持っている。

だもんで、おそらく今の状況になってもライフスタイルを変えていないんじゃないかという懸念はあったが、話してみると案の定そうだった。

外から帰っても手洗いうがいはしないし、マスクもしてないと言う。

確かに昔から母はそうだった。手は汚れていれば洗うけど、帰ったら習慣で洗うということは無いし、風邪を引いたところを見たことがないのでマスクをしている姿もほぼ見たことがない。

私が2月のはじめに関東に帰省した際、既に東京の人々のマスク着用率は5割を超えていた。

その電話をした時はおそらくもっと高い着用率になっている筈だが、母はその時点でも電車に乗るときにマスクをしていないと言った。

 

私は娘として母を叱った。

マスクをしろ、と。

母の体が心配で、という気持ちは2割程度で、残りの8割は周囲に迷惑をかけないで欲しいという気持ちだった。

すると母はアッサリとこう言った。

「アタシもう80歳まで生きたから充分なのよ。これで流行病で死ぬならそれまでよ!」

 

私が「お母が良くても周りの人を殺してるかもしれないんだよ。」と諭すと渋々「わかったよ」と返事があり、まぁまた来月ね、とまとめられて話は終わったが私は怒りのような虚無感のような複雑な気持ちが残った。

 

そして思った。

生に執着の無い人間に、いくら「命の危機」を説いても無意味なんだということを。

今あらゆる情報源から「手洗いうがいの励行、マスクの着用、三密の回避、外出の制限」が呼びかけられている。

それらの注意喚起は「あなた自身を守る為に、あなたの周りの大切な人を守る為に」という意味があるのだけど、そもそも母のように、もう自分の命が終わることに抵抗感が無い人にとっては「守る」ことすらかったるいのである。

 

私は今年40歳になるが、まだあと数十年は生きたい。

だからウイルスに感染しないために行動が制限されたり、普段と違う行動や装備品を強いられても、そのことに従う意欲がある。

それはまだ生きていたいという生への執着が、生む意欲だ。

面倒だけどマスクを着けていつもより沢山手を洗ってうがいをして、盛り場にも旅行にも行かないように我慢もしている。

正直、本意では無い生活を送るのは、かったるい。

でも生きていたい意欲がかったるさに勝るからそうしている。

 

しかし母のように「かかったらかかったでいい、死ぬなら死ぬでいい」という人にとって、命はかったるさを押し殺してまで守るものではないのかもしれない。

 

正直、私は、母は遅かれ早かれ感染するのではないかと思っている。

そうなったら高齢だし死ぬんだろうな、とも。

 

でも、私も母を説得したり家に閉じ込めるために福岡からわざわざ危険を押してさらなる人口密集地に駆けつけるほどのエネルギーは無いから、母のことは遠くから案じるしかない。

 

私がみなさんに言いたいのは、母のように「もうどうなってもいい状態」の人が世の中にはきっとウヨウヨいるということ。

そして、ぼんやり思うのはこのウイルスは、人々の生への執着を試しているんじゃないかということ。

この事態が終息する頃に、人口がどれくらい減っているのかは想像つかない。

でも、世界がこうなる前から「生まれた惰性で生きてる感覚」の人は沢山いて、そういう人はもともと母のように「別にいつ死んでもいいし」というスタンスで生きていたはずで、自死するほどの極端なエネルギーは無いまでも、死ぬ機会が訪れたならそれはそれで受け入れちゃうかもな、というレベルの意識で生を持て余していた人はいた。

私は、脅しではなく、そういう人はコロナ終息後にはだいぶ減っている気がする。

その意識のままで自衛せず感染して死ぬか、意識が変わって生への執着がある人に変わるか。

つまり、コロナ終息後に生き延びているのは、今確実に「まだ生きたい」という意識のもと、かったるい自衛生活を送ることを選んだ、サバイバーと呼べる人ばかりになるんじゃないかと思う。

 

国民の幸福度の低いこの国で、いったいどれくらいの人が「まだ生きていたいんだ」と確信して自衛に励み、生き延びるかは分からない。

ここ何十年も戦争が無かったから、そういうことを意識しないでも生きてこられてしまっている私たちは、この機会に己の生への執着を図るべきなのかもしれないと思う。

 

家にいてマスクを作り飽きたので雑文を書いてみた。

みなさんどうかご自愛ください。

 

 

 

桜島二ニコ的ベストツイート10

 

こんにちは。

ぼちぼち年末ですね。皆様いかがお過ごしでしょうか。

私は今年はいろいろあってツイートもブログもあんまし書けなくて、ネットより現実生活で生きてる時間が多かったなぁって感じです。

んで何年か前から年末になったらこういうまとめを作りたいと思ってたのに、出来てないから今年こそはまとめてみました。

ここ2年くらいの自分的ベストツイート10選です。(ランキングではない)

今あらためて読み返した自分の感想もつけてます。

めっちゃ暇な人は読んでください。

 

①矛盾ボーイ

「2人で飲むってことは、それもうオッケーでしょ。」っていう意識が態度がにじみ出ている奴に誘われたら、ねんごろになりたくない女子は警戒するわ。アホか。

お前のほうが「俺に誘われた女子はホイホイ付いてきて当たり前」と思ってる時点で自意識過剰だわ。こんな男、喝だ!かーつ!(張さん)

 

②いやよいやよは嫌なんだぞ

前回のワイドナショー武田鉄矢が「性というのは時に『NO』という言葉の意味が『YES』にひっくり返ることもある世界でしょう。」と言ってて、コイツ相変わらずきっしょいなーと思った。女子がいくら自衛してもだと男が「女のイヤはYESに変換!」と洗脳されてたら意味ないだろうが。喝だ!かーつ!

 

 ③嘘だけど広まったら楽しい

たまに、こういう「え、ほんと?」って聞き返される嘘、考えるの好き。

「電化製品の電源のリンゴみたいなマークは、アダムとイヴの林檎で、人類の始まりを表す意味から転じて電源に使われるようになった」とか。

あ、これも今考えた嘘だから人に言ったら恥をかくのでちゅうい。

 

④悪く言われない服がない 

わかりやすくエロ要素のある服→痴漢に遭ったらそんな格好してるのが悪い!と怒られる

エロ要素をあえて抑えた地味服→むしろそんな女のほうがそそるという男がチョロそうと思って寄ってきて迷惑

既定の制服→盗撮される、制服盗まれる

エロく見えない服→女捨ててる、終わってると言われる

先生分かりました!これもう詰んでます!

 

ソーイング・ビー

裁縫は相変わらずやってます。最近はEテレでやってるソーイング・ビー観るのが楽しい。ソーイングビー、Eテレの番組説明に「裁縫バトル番組」って書いてある。

「裁縫」と「バトル」という単語が合わさるとなんかヒャッハー!となる。

審査員のパトリックがすてき。

 

⑥本物の子供だとしても掌で転がすのはどうかと思うし

これって昔の女性の「いくら言っても聞いてもらえない→言う気も失せてきた→ああ、子供だと思えば言っても聞いてくれないのが我慢できる気がしてきた→子供だと思ってうまく操れ」って流れで出来たアドバイスでしょ。たとえマジもんの子供だとしても一個人を「操る」って考え方好きじゃないし、子供じゃなくて成人男性だし、マジちゃんとしろし。

 

⑦ ただの生活力

 

私、なにげに料理も掃除も裁縫も好きなんで、新しい環境に飛び込んでその性質が知られていくと絶対「女子力高いよね!」って言われるんですけど、なんかイラっとするんですよね。褒められているのに、なんでイラつくんだろう?と考えてたらコレなんすよ。

料理も片付けも身だしなみの管理も全部、性別関係なく人間としてやれば快適で便利な暮らしに近づける能力なのに、昔の男がやらないから女がやって、現代も名残で女のほうがやってる率高いからそのまま「褒めときゃ女の仕事ってことになんじゃね?」的な意味で「女子力」って言われてるだけな気がするんだよ。みんな騙されないで!!

 

⑧喜美子はいいぞ

その点、久々にスカーレットの喜美子はいいね。

正直、戸田恵梨香のことをそこまで高評価にしてなかったのに、一気に好きになった。自分の頭で考えて行動に移すヒロイン、喜美子はいい。

 

⑨じゃああなたは何人産めるの?と聞きたい

なんだっけ、大臣だっけ?偉い人が「3人は産むべき」って言ったんだっけ?

自分には100パーセント出産の可能性が無いから、産む可能性のある人間の気持ちに心を寄せたことがないんでしょうな。

私、産んでないけど、お腹に赤子が宿る機能は付いてっから、一応想像はするよね。お腹の中に生命体を10か月も宿し、しまいには自分の力でひり出すんだよ?

そんで何年かは自分も活動しながら、赤子の生存活動をフォローしてくんだよ?

めっちゃ怖いよ、経験者みんなめっちゃすごいよ、まじで。

そんなの簡単に「3人産んでねー」って言う奴なんて、クリエイターの苦労を知らずに「納期までにサクッとヨロシク~」と発注してくる業者と同じだよ。

誰も納品しなくなるわそんなもん。

 

⑩詩織さんおめでとう

10月のツイートだけど、たまたま昨日伊藤詩織さんの民事勝訴のニュースがあったのでちょっとタイムリー。

レイプする側に優しい法律、ダメ、絶対。

 

 

さぁ、びゃーっと振り返ってみました。

なんか、こうして見返すとよく怒ってるね、私。

まぁ来年も怒ったり笑ったりしていこうと思います。

2020年はもうちょっとブログをちゃんと書こうと思ってますので、

また今後ともお付き合いくださいませ。

良いお年を…

 

 

ありがとうさようならFoever21

 

 

人は誰しも、自分史の中で「この時期以降大人になったな」と思う時期があると思う。

それがちゃんと公式成人年齢の20歳な人もいるし、50歳超えてもまだ思い当たらない人もいるだろうし、人それぞれだと思う。

私の場合のそれは、31歳の頃だった。

31歳に色々あった。

ここでは割愛するけどまぁ色々あってわりかし成長した気がするので、自分史の中で31歳以前の私と、31歳以降の今の私は別人だと思うことにしている。

私が31歳だった年は世の中が2011年だった。

なので私が29歳だった年の世の中は2009年だ。

2009年といえば原宿に日本初上陸のForever21が出来た年だった。

 

その頃よく遊んでた女友達がわりとウェイウェイしていたので、私はすぐに「一緒に行こうよー!」と誘われ、オープンしたてのForever21原宿店に行った。

 

初めてFoever21の服を見た時の感想は「アホっぽくてかわいい」だった。

色の組み合わせがアホっぽい。

柄もアホっぽい。

肩が出るデザインが、へそが出るデザインが、足が出るデザインが、アホっぽい。

とにかく全体的にアホっぽいと思った。

分かってもらえると思うが、ここでいう「アホっぽい」は好意的な意味で使っている。

誰にも怒られないようにするなら、「キッチュ」「コケティッシュ」「アバンギャルド」などを駆使して褒めることも出来るのだが、それじゃあ私の真のFoever21愛が伝わらない。

それに私と同じようにFoever21を愛した人は分かってくれると思う。

Foever21はアホっぽい

この一文が賛辞であることを。

 

てなわけで、私はFoever21のファンになった。

頻繁ではないけど、春夏物を見にと秋冬物を見にと、結婚式に着てく服が要るとかいう時に行った。

2年目で「Foever、夏物はペラペラ具合が涼しくてちょうどいいけど、冬物は寒い」と気がついてからは秋冬物を買う機会は減ったが、近くに行く用事があると売り場は覗きたくなって行っていた。

この花柄かわいい♡このショーパンかわいい♡など、たとえ自分が着れなさそうな服でも、見ていると自然と心に「♡」が生まれてきて、これが眼福というのか目や心の喜んでゆく感じが自分で分かる。

安いのにそういう気持ちになれる服屋は、当時ほかに無かったように思う。

 

31歳を過ぎて、大人になってからはFoever21で服を買う打率は4割くらいになっていた。

10回行ったらなんか買うのは4回程度で、全然ヘビーユーザーじゃない。

通販も何度か使ったが、着けてもチクビのエレクトを一切お隠しにならない「一体どうしろと言うのだ」状態の薄ブラジャーが届いて以来利用してない。

なんなら、お隣にあるH&Mでなんか買う確率のほうが高い。

でも何年たっても店の近くまで行くと、頭では「今日もたぶん買う物ないかな…」と思っているのに、足が自然とFoever21に向かうのが自分でも不思議だった。

 

思うに、あの明るくてアホっぽい店内は、私の中でそのまま明るくてアホっぽい女友達のような存在になっていたんだと思う。

擬人化すると、「酔って知らないメンズとすぐ寝ちゃう、妻帯者と気つかずメロッメロにはまってから妻帯者と気づく、貯金ができない、お花のカチューシャを躊躇なく付けられるetc…」そういう女の子。

会うと楽しいんだけど毎日一緒に居たらちょっとしんどい性格で、話すほどに「あんたはほんとにアホだねぇ…」と呆れることも多いが、困ってると聞けば結局助けたくなってしまう人懐っこい女の友達。

Foever21の店を出ると、そんな女友達と会ってアホ話をして解散した後のような清々しさが、いつもあった。

服も欲しかったけど、私はずっとFoever21ちゃんに会いに行ってたんだと思う。

 

私が思うFoever21とH&Mの関係性↓

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そんなFoever21が今月で終わる。

日本から居なくなる。

だからどの店舗もカオスなセールをやっている。 

そんな情報が流れ、Twitterで「まるでゴッサムシティ!」と目にしても、こちとらバッドマンを見てないのでいまいちピンとはきてないが、Foreverちゃんがなんだか荒れ果ててるらしいということは分かった。

私は急遽次の休みの予定を変更して、Foeverちゃんの元へ向かった。

雨だった。

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オープン30分後の店内は荒れ果てていなかった。

荒れるどころか閑散としていた。


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先月まで「いらしゃーすッ!」と元気に迎えてくれたForeverちゃんだったが、今日の彼女は力ない壇蜜のようにしっとりと「お越しやす…」と言った。

 

私「あのさ…もう会えなくなるってほんと?Foreverちゃん…。」

F「うん…さすがにね…もうアホみたいな事やってらんないっていうか。

LAのママも帰って来いってうるさいし…。ちょっと前からさ、ここらへんが潮時かなって自分でも分かって来てたし…。」

私「もう、バカっ!だから言ったじゃないっ!あんなに頑なにアホアホ路線を貫くからだよ!」

F「…ふふ、だよね…」

私「このフランス人は服を10着しか持たないの時代にさ!Foreverちゃんの服、全然着回せないじゃん!そりゃ10着に入んないよ!こんまりメソッドにも完敗だよ!もっとH &Mちゃんみたいにシンプルベーシック路線も取り入れたり戦略考えなきゃって、私あれほどッ…!!」

私が、自分でもコントロールを失うほどに溢れてしまう彼女への言葉を止めたのは、その目に光るものを見てしまったからだった。

ハッ!Foeverちゃん…

泣いてる…!?

 

責めたりしてゴメン。

一番辛いのはここを去っていくFoeverちゃん本人なのに…私ったら…。

 

てな感じの会話を脳内ですみやかに終えた私はFoeverちゃんへのねぎらいと感謝をこめて最後の買い物をした。

小一時間で終わると思ってたのに、店を出たら4時間経ってた。

最後にマジハンパねえわアイツ。

f:id:ninicosachico:20191029154924j:image買ったものたち総額3547円。物価とはなんぞや…。

 

ちなみにFoever21のショッピングバッグの底には聖書の一節が載っていて、これはオープン当初からあったと思う。↓

 

f:id:ninicosachico:20191029154918j:image

 

これについて聞きたくて会計をしている時、店員さんに「これ、なんで載ってるんでしょうか?」と聞いたのだけど「さぁ」とのお答えだった。

あとどうしても気になったので「今月で皆様のお仕事は無くなってしまうのですか?」と聞いたら、韓流メイクのめちゃカワ店員さんはは他レジの女子店員さんをチラ見しながら「そうなんです。みんなバラバラに…」と答えてくれたので全俺が泣いた。

 

Foever21というブランド名は、「人生で一番輝く21歳の時の心を永遠に」という意味があるという。

原宿店が日本にオープンした10年前、めざましテレビだか王様のブランチだかのリポーターがこれを意訳し過ぎて「いつまでも21歳に見られるようなファッションが売ってます」とリポートしてたのを聞いた私は、もう最初から「ターゲット層じゃねぇじゃん」と思ったのを覚えているが、実際はそうではなかった。

実年齢が何歳でも、何かに「カワイイ♡」と心がときめく時、私たちは21歳どころかもっとずっと若返って心はもう中学生。

ためになったね~ためになったよ~。

29歳の子供な私の頃に出逢ったForever21ちゃんは、会う度に38歳の大人な私を子供に戻してくれた。

服を10着しか持たないフランス人に憧れ黒白グレーの服を「便利そう」と選ぶ私に、「確かに便利そーだけどぉ着ててつまんなくなーい?あとニニコべつにフランス人じゃなくなーい?」とか言いながらペラペラの花柄ワンピで近づいてきて、いつも一気に心を子供に戻してくれた。

私はそんなあなたが大好きでした。

最後に言いたい。

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10年間ときめきをありがとう!

 

 

※Foever21のラストセールは31日までやってます。

閉店詐欺じゃなく本当に閉店なので行ける人はFoeverちゃんに会いに行ってみよう。

 

 おわりでーす。(by三四郎小宮)

 

 

引きこもりを被害者にも加害者にもしないため

 

ご無沙汰してます。

なんやかやあって、すっかり筆が遠のいていましたが久々によろしくお願いします。

 

このところ、なんだか物騒な事件が多くて滅入りますね。

刃物沙汰の事件はどれもショッキングですが、私は川崎の集団殺傷事件と練馬の父親による息子殺害事件の2つが、特に思うところありました。

川崎の事件で一気に「悪者は引きこもり!」的な空気が流れたと思ったら、父親が引きこもりの息子を殺してしまった事件が続いて。

「世の中の出来事は起こりそうなことの順に起こる」と、以前どこかで聞いた言葉を思い出しました。

 

さて、それで私は心配に思ってることがあるのです。

それは、今後ますます世の中の皆が条件反射的に「ひきこもり、中年、男性」この三要素が揃った人間を避けたくなるんじゃないか、ということです。

もちろん、もしあなたの家の隣にどうやらそれらしき人が住んでいて、夜中にしょっちゅう怒鳴り声や大きな音がしたり、始終あなたの家のほうを窓からじっと見てたりした場合にまで「怖がっちゃいけない」とは言いません。

実際そんな立場なら怖いし避けたくもなるでしょう。

でも、実際そういう人と関わっていない多くの人が、ニュースや世の風潮だけで「引きこもり=危険な人」と認知してしまうのは、早合点だし、短絡的だし、差別なのでは?と思います。

 

まさか、ここまでの文章が川崎事件の犯人を擁護しているように読む人は居ないと思いますが、念のため書いておきますと、私が言っているのはあの犯人を憎むなという事ではありません。

私だって犯人は憎たらしいです。

事件の事を考えて今も怒りに震えてるし、被害に遭われた方、その周囲の方の心痛を思えば気が気ではなくなります。

でも、犯人が引きこもり男性だったことは、犯人が持つ要素の一つに過ぎないので、「要素まで憎むのは違う」と言ってるんです。

坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」とは言いますが、落ち着いて考えれば坊主も個々の人格が違いますから、袈裟姿なだけで人格まで決めつけられ憎まれる筋合いはありません。

ようは、悪事をした人間と同じ要素が多少あったとしても、そのまま人間性もトレースされているわけじゃないということ。

人間というのはそこまでパターンが限られている単純な生き物じゃないと思うので、「≒」をザツに「=」にしてはダメということです。

 

そこをザツにいっしょくたにすることは、個々の人間性を否定することなので、された人には憎しみが生まれます。

憎しみが人を歪ませて、歪んだ人が事件を起こして…と殺伐とした世の中になってしまう気がします。

「犯人は引きこもり」というキーワードだけが取り沙汰されると、今ひきこもっている人に対する「≒」な気持ちを簡単に「=」にしてしまう人が増えるんじゃないかと思って、私はそこを心配に思っています。

 

でも人が何を思うかは自由なので、仮に皆さんが条件反射的に「引きこもりの中年男性」を「うわっヤベェ奴じゃん」と心の中で思うことがあったとしても、それは仕方ないかもしれません。

でも問題はその気持ちを表出するかどうかだと思います

私は環境や風潮というのは、個人の意志の表出の「塵が積もって山となる」で、作り上げられているように思います。

ですから、個人個人の思う「引きこもり?ヤベェ奴じゃん、近寄らんどこ」が、ダダ漏れに表出してしまったら、引きこもりの人が完全に孤立した環境が完成してしまうわけですね。

相手の人間性を知ろうともせず短絡的に「引きこもり⇒ヤベェ奴⇒危険回避」と、相手を避けることは、危険から遠ざかるように見えてかえって相手が「危険な人物となる背景」に加担してしまっているように思います。

誰からも避けられ、レッテルを貼られ、「居なくなって欲しい」と思われ続けたらどんな人だって歪みます。

人に対してどう思うかは個人の自由ですが、それをもし表出する時は影響を考えてからにして欲しいと思うんです。

 

 

と、今日言いたいことのメインは終わったんですけど、ここまではただの前置きなんですよ。

というのも、この後に続く文章は3年前に下書きしてあったものなんです。

でも、ここのところの事件があった時に、これを書きかけていたことを思い出して、「ああ言いたいことが繋がるな」と思いました。

なので、とりあえず3年前の文章を載せます。

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こないだ久しぶりに現実生活で「それはおかしい」と人に訴えた事があったので、今日はそのことを書きます。

 

出来事

私がバイトしてるコンビニは慢性人手不足で、いつも「アルバイト募集」の張り紙がしてあるのですが、先日バイト中に1本の電話がかかってきました。

それはバイト希望の電話でした。

店長不在だったのでそのまま私が年齢や希望時間帯など、ひと通りの事を聞きました。

34歳の男性で、無職だと言っていて、希望時間帯は平日の昼間でした。

私は店の人手不足具合を嫌というほど知っているので、「やった〜」と思いました。

その方は話しぶりも普通に感じがよくて「常識的な人だな」と思えたので、きっと採用になって、人手不足がマシになると思ったからです。

 

ところが、違ったのです。

夕方出勤した店長に、仕事終わりの私が「バイト募集の電話来ましたよ!」と言うと、店長は「おお!」と喜びの声を上げました。

でも年齢など聞き取ったメモ紙を渡すと眉をしかめ言いました。

「あ、こりゃダメ」

 

私が予想外の店長のリアクションに「えっ、なんでですか?」と聞くと、店長はアッサリ「だって、男で30過ぎで無職でしょ。怪しいもん。」と言いました。

私は「えーーー…」となりました。

確かに平日昼間のコンビニバイトを希望してくるのは、たいてい主婦の方です。

店側も基本的にはそういう主婦が応募してくるのを想定して待ってはいますが、それでも「主婦じゃないから」という理由だけで、「ダメ」と決めつけるのは納得いきませんでした。

 

それで私は「でも、話した感じは悪くなかったですよ。せめて面接してみてから決めないですか?」と聞きました。

すると店長は「いや、面接もしない。顔見てからじゃ断りづらいし。後で断りの電話だけしとくわ。メモありがと。」と言いました。

 

普通アルバイトはこういう決定に関して口は出さないと思いますが、私と店長は15年以上の知り合いでプライベートな話もする仲なので、私はその時、立場を超え個人として意見したくなりました。

だって、今の時代「男性で30代で無職」だとしても、そういう人に「特別に人間的な問題があるとは限らない」と思うし。

男性が新卒で大抵どこか企業に就職できて、よっぽどヘマをしなきゃその会社で定年まで勤め続けられる時代なんて、大昔の話です。

「親の介護で定職を辞めた人が出来る範囲でバイトをしたい」とか「本人が療養中で出来る範囲でバイトをしたい」とか、性別に関わらずそういう諸事情を抱えてる人が多い時代じゃないですか。

だから、ただ「34歳の無職男性」という肩書きだけを元に「なんか怪しいからダメ」とした店長に、私は「それは人として偏見的では?」と思いました。

せめて店長が面接をした上で「この人は雇いたくないな」と判断したのなら、店長の店だからそれで良いんです。

でも面接もしないなんてあんまりだよ…!です。

 

店長はもともと非常に「ニュートラルな人」という感じで、基本穏やかで物事を平和的に解決する人格者だと思えていた人だったので、肩書きで判断したことについて私は「店長にそんな一面が!?」というショックも少なからずありました。

 

それで、そんなやり取りをしているところに店長の母(以前も書いた“おばちゃん”の人です。)が来ました。

おばちゃんに「あらどうしたの?」と聞かれたので、店長がいきさつを話しました。

するとおばちゃんも即答。

「そりゃダメだわ。男でその年で仕事してないなんて普通じゃないもの、怪しいわよ。」

私はこの即答で、軽くキレてしまいました。

 

なんというか、世の中には色んな事情があって止むを得ず働けない状況の人もいて、それは男女ともにいるはずなのに、無職なのが男性だと「怪しい人間」ってするのは男性差別じゃないですか。

それで、私は聞きました。

私 「じゃあこれがもし34歳の無職の女性だったらどうなるんですか?」

店長「そりゃ女性だったら面接するよ。」(おばちゃんもウンウン頷く)

私 「え、女の無職はなんで怪しまないんですか?」

おば「そりゃあ、女はいいのよ。色んな人がいるもの。」

私 「男も色んな人がいるでしょうよ!」

店長「でも、男の無職は絶対なんか問題がある人だよ。」

おば「そう、変な男の人雇ってお金盗まれたら困るもの。」(おばちゃんの答えはもうズレてる)

 

私「お金盗まれる可能性なんて男も女も同じじゃないですか(笑)

私はお2人が『無職の30代女性』も怪しいって言うんならまだ分かるんですよ。

でもなんで男性だけ怪しむのかが分からないんですよ。」

2人「うーん」

私 「だって、世の中の雇い主がもしみんなそう思っちゃったら、どうなります?男の人は、ある程度の歳超えて仕事を辞めたら2度と仕事に就けないことになるじゃないですか、それって怖くないですか?」

2人「そうは言ってもねぇ…よそはどうしてるか関係ないし、ウチはとにかくそういう人は断ることにしてるのよ。納得いってなさそうだけど、ごめんね。」

 

「これ以上話しても何もならないな」と思ったので、私は黙りました。

 

これが久々に私が実生活で人に「これはへんだよ」をぶつけた出来事なんですけど。

今思うと自分でも、この時なんでここまでムキになったか謎です。

でも1つは先ほど書いた「店長がそんな人だったなんて」と思いたくなかったのがあって、あと、単純に私だけが声を聞いたその男性に同情したんです。

「肩書きだけで振り落とされる立場」の人を可哀想に思ったというか。

 

店長は後からフォローなのか「他のもっと成人男性にふさわしい仕事?(この言い方も職業差別的で私は嫌ですが)なら、30代男性が飛び込むのはアリだけど、いかにも主婦や若者フリーターがやる昼間のコンビニバイトにおっさんはないんだよ。」と言っていました。

でもそれにしたって私は「募集してるんだし、面接くらいはしてあげればいいのに」と思うし、何より私はこの会話中に「これが女尊男卑というのかも知れない。」と発見したので、そこが一番私の気持ちに火がついた原因だと思います。

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以上が三年前に書いた文章ですが。

私が最初に言った「思うのは仕方ないけど表出するのは考えて欲しい」というのは、こういうことなんですよ。

言っときますけど、この店長もおばちゃんも普段めっちゃいい人です。

仕事に対して真面目だし、経営者なのにアルバイトに対して上からものを言わないし、いつもすごくねぎらってくれて「ザ・善人」みたいな人たちなんですよ。

そ・れ・な・の・に!!

こんなにアッサリと34歳無職男性を切り捨てたんです。

それもさして悩んだ末でも無けりゃ、罪悪感も無い。

まるで「当たり前でしょ」「そういうものだから」って感じに。

これが、店長たちが「34歳無職男?ヤベェ奴じゃん」をそのまま表出した結果なんですよ。

その時の34歳無職男性が、ひきこもりの人かどうかは知りません。

でも仮にひきこもってた人が、勇気を出して社会に出ようとした一歩目がその電話だったら?

そんな、年と性別と無職ってことだけで切り捨てられちゃうの?

世の中ってそんななの?えっ、こわい、つめたい、こわい!!

って思うんです。

そうやって、世間に避けられ続けたどこかのひきこもりのおじさんが歪んでって事件を起こしたら、また世間の人が「ひきこもりは悪いことする」って思って、それを隠さず表出したら、また引きこもりの人が避けられて歪んでって…負の連鎖にもほどがあるでしょ!!

やめやめやめー!!どっかでその歯車止まれーい!!

って思うじゃないですか。

 

私は、「引きこもりの人やばーい」と怖がってる人も、その言葉が怖い人を作る歯車を回してるかもしれないよってことを、考えて欲しいなと思います。

たぶん、店長とおばちゃんはこの出来事を覚えてないし、川崎の事件見て「引きこもり怖いわねー」と言ってるかもしれません。もしかしたら、あの時、自分達も一人の引きこもりの人の社会への入り口を簡単にぶった切ったのかもしれないのに。

そう思うと、誰でも無自覚なうちに言動が差別になることがあるんだなと、思ってその怖さを改めて感じます。

 

Mr,childrenの「タガタメ」という曲に「子供らを被害者に、加害者にもせずに この街で暮らすため まず何をすべきだろう?」という歌詞があるのですが、これを書いてる間なんかそこのところが頭の中でずーっとリピートしてました。

いま何らかの事情で社会に出てない人が、社会に出たい時の壁を無自覚に作らないように私も気を付けたいと思います。

引きこもりの人もそうでない人も、被害者や加害者になる人が1人でも少ない世の中で生きていたいからです。

 

 

ではまた。