限りなく透明に近いふつう

やさしい鬼です お菓子もあります お茶も沸かしてございます

おおスザンヌ、泣くんじゃないよ

皆様、こんばんは。

今日は本来ならば先日のNHKあさイチの「ガキ夫」特集についていろいろ思うところがあったのでそれについて書こうと思ったのですが、昨日それどころではないニュースに私の心は奪われてしまったので内容を変更してお届けいたします。

それどころではないニュースとは何か?
ずばりスザンヌの離婚会見」です。

今「なんだそれか(笑)」と鼻で笑った方いませんか?

ええ、あなたの反応は実にまっとうです。
確かにスザンヌの離婚は大ニュースではないです。

一般人の我々にとって「芸能人は離婚する人種」ということはもはや常識になりかけていますし、スザンヌというタレントのネームバリューはさして大きくも無いので、一部のスザンヌファン以外にとってこの度のスザンヌの離婚は「ええっ!離婚しちゃったの!?」という驚きすらなく「あ、さようですか」程度の感想しかない場合も多いと思います。

実は私もこの一報をチラッと耳にした時はそう思っていました。

しかし、当日ヤフーのトップページに「スザンヌ 離婚」の文字を発見し、記事を開いて読んだところ、最後に気になる一文がありました。

スザンヌは明日記者会見を行う予定」

 スザンヌが会見…。


なぜ?

 いえ、もちろん「離婚したからそのお話をするために会見を開く」のは分かります。

しかし、この「なぜ?」は「なんでわざわざ記者会見を?」の「なぜ?」です。

最近の芸能界において、結婚や離婚の際、当人が報道陣へ対して行うアクションとしては「ブログかFAXでご挨拶のみ」というのが主流であって、よほどの大御所夫婦や、事前に週刊誌などにで騒がれてしまい事態の収拾に本人の釈明が必要とかいう特別な場合でない限り、わざわざ離婚記者会見を開くという事は無いように思います。

つまり「なぜ?」というのは、いささか失礼ではありますが、スザンヌクラスのタレントと斉藤なんとかいう野球解説者夫妻の離婚にあたり「なんでわざわざ本人自ら記者会見を開くんだろう?」という興味が湧いたための「なぜ?」なのです。

なぜ?

私はそれでとても気になってしまい、昨日のスザンヌの会見を観ました。

そして思いました。

スザンヌは天才かもしれないと。

 

今日はなぜ私がそう思ったのかその経緯を説明する前に、ひとまずスザンヌについて皆様と一緒に考えていきたいと思います。

正直、私の一生のうちでスザンヌに対しここまで深く考える日がくるとは思ってもいませんでした。


だって、スザンヌですよ?

 はい、いまのこの「だってスザンヌですよ?」を読んでお怒りセンサーが発動しそうになったスザンヌファンはいらっしゃいますか?

その方々のために申し上げます。

私はけしてスザンヌをバカにしているわけではありません。

では、まずそこからお話しします。
スザンヌファンの方が私の書いた「だってスザンヌですよ?」が気に障ったとしたなら、それは「だってスザンヌですよ?」の中に「たかがスザンヌでしょ」というニュアンスが含まれているように感じたからだと思います。

しかし、私はこれを機に皆様に考えて頂きたい。

世間の多くの人がスザンヌに対し「たかがスザンヌ」と思っていることは、実はむしろスザンヌの凄さを表しているのです。


どういうことかと言いますと、スザンヌファンを除く大多数の人間とってのスザンヌのイメージって「元おバカタレントで野球選手と結婚して芸能界から自然体でフェードアウトしてった子」であり、結婚から4年ほどたちますが、この離婚に至るまでさして更新されていないと思うのです。

結婚生活4年経過してるのに、結婚直後のイメージのまま。

それって芸能人として実はすごいことだと思います。


普通はスザンヌの経歴をもって芸能界の第一線を退いたら年月を経ていくごとにもっと色々な「色」スザンヌにくっ付いてしまいどうしてもイメージの更新がされてしまうはずなのです。

解りやすく引き合いにだすと、同じように結婚を機にバラエティを退いた里田まいは結婚後もイメージの更新をされています。
「まーくんに愛妻弁当を作る里田まい」「移住先で選手妻同士の交流を張り切る里田まい」「まーくんのモモクロ好きに寛容な里田まい」というように里田まいには「良妻」という色が新たに付けられ、直接バラエティなどに出なくなっても結局は「イメージを世間の人々に日々更新される立場」から降りられていないのです。

里田まいに限らず、その他のバラエティーの第一線から退いた芸能人も今の世の中みんなそうです。
姿を目撃されれば「タレントの⚪︎⚪︎ 劣化」とネットに書かれ、最新情報の「色」が更新されていくものなのです。

ようするに今の世の中、一度でも芸能界の光を浴びてしまった人間に対し、世の人々の興味は貪欲であり「そっとしておかねぇぞ」ということです。

 

でもスザンヌは奇跡的に世間の貪欲な興味から逃れてきました。

夫の不倫疑惑、夫との不仲説は多少ありましたが、そこまで世間の大きな話題になることはなく、今日までスザンヌは新しい「色」を身に着けずに世間から「そっと」されてきたのです。

だからこそいまだに私たちにとって「スザンヌ?ああ、結婚して観なくなったスザンヌね」という認識で染み付いているわけで、さきほどの「だってスザンヌですよ?」に含まれていた「たかがスザンヌ」というニュアンスは実は「されどスザンヌ」なのだと言えます。

ようするに、卑下としての「ただのスザンヌ」ではなく、称号としての「ただのスザンヌだと、私は思います。

これはとても説明が難しいのでうまく皆様に伝わったという自信がありませんが、ここは伝わったと信じて話を進めます。

さて、ではスザンヌはどうして世間の好奇の目からうまく逃れられたのでしょう?

それについて考えてみたところ私はこれには2つの理由があると思いました。

1つはローラの出現です。

ローラがバラエティに出始めたのは2010年半ば。そしてスザンヌが結婚をしてバラエティに出なくなったのは2011年。

つまりちょうどスザンヌと入れ替わりにローラの人気が出てきたといえます。

もしもテレビ界にローラが現れなかったら私達はどうなっていたでしょう?


そう「スザロス」です。※(スザンヌロス現象の略、タモロス的な。)

私達がもしスザロスになっていたら、きっともっと結婚後のスザンヌの近況への興味は貪欲になっていたと思います。

しかしスザンヌ亡き後、代わりにローラがテレビで「うふふ?元気~?」とかつてのスザンヌのように毎日微笑んでくれたので、私たちはスザンヌを失った喪失感に襲われずに済みました。

そして結果的にスザンヌを「そっとしておく」という状況が出来たように思います。


もう1つの理由は、バラエティで活躍時に垣間見えたスザンヌの人柄の良さです。
何をもって「人柄がいい」と世間が認知するかはまだよく解明されていませんが、スザンヌの人柄は間違いなくいいと思います。
私自身理由はわからないけど、そう確信しています。
おそらくスザンヌを観た人の8割くらいは彼女に対して「いい子そう」と思うんじゃないでしょうか。
詳しいことは忘れましたけど脳科学的な話では、人は他人の「笑顔」を見ると「お金を貰った時」と同じような喜びホルモンみたいなのが脳内に分泌されるらしいので、いつも笑顔のスザンヌから私達は「いいもの貰った、なのにこの人は見返りを求めてこない=ええ子や…」と感じる仕組みになってるんじゃないかと思います。

熊本県出身というところもその手助けをしています。「地方出身者は良い人が多い」という日本人の思い込みは強いですから。

とにかくスザンヌは、それらの理由と、聞かれたことに一生懸命答えようとする姿勢とか、知識が無いのを愛想でカバーする(できちゃう)ところなどが、非常に日本人の好感度センサーをくすぐるんだと思います。


スザンヌが本当に良い子なのか真偽のほどは、一般人には分かりません。
しかし彼女が結婚生活を送っている間、世間がスザンヌに対し「いい子だからそっとしておくか」という状態を守ってきたのは間違いないと思います。

だいたい、今さらですが生粋の日本人で本名は山本紗依なのに「スザンヌ」と名乗って全盛期にそこをあまり叩かれなかったのも周りの人に自然と「いい子だからそっとしておくか」と思わせる素質が元々彼女にあったから可能だったのかもしれません。


つまり、スザンヌは世間に「いい子」と認識され「いい子だからそっとしておくか」と思われてきたからこそ、あまり好奇の目に晒されずそっと結婚生活をマイペースに送ってこられたわけです。


さぁ、そこにきて離婚です。


ここからやっと、本題の「私がスザンヌを天才だと思った理由」が書けます。


私はスザンヌの会見を観ていてあることに気が付きました。

それは「この記者会見を開くことはスザンヌにとって3つのメリットを生む」ということです。

これからそれを説明していきます。


メリットその①

「マスコミが味方に付く」


現在多くの芸能人は(特に若い人は)結婚・離婚など大きな報告があっても、それを報道陣に対して積極的に話す場を設けることをしません。

恐らく多くの芸能人が多かれ少なかれ「なんで芸能人ってだけでプライベートのことを公に話さなきゃいけないの?」という気持ちを持っているからそういう流れになってきているのだと思いますが、最近は各種ご報告はブログやFAXなどでさらっと済ませるのが主流となってきています。

(この現象は一般人でも「若い世代は結婚式を上げずに入籍だけ済ます人が増えている」というのに似てます。)

しかし、ひと昔前の芸能人はそうではありませんでした。
かつての芸能人はことあるごとに記事会見を開き、「私このたび結婚いたします」「誰々さんと付き合ってます」と報告していました。

私が子供の頃なんかは「私このたび家を建てました」とか「私このたび、アメリカ留学に行きます」とかそういう「いちいち言わんでもいいよ」ということまで記者会見をしていたように記憶しています。

私は子供の頃はそういう会見映像を観て特に何も思いませんでしたが、大人になって色々世の中の事情がわかるようになると、あれは世間に対して「公の電波に乗せて決意を宣言する」という意味以外にも「マスコミへのご挨拶」という意味があってやっていたのではないか、と思うようになりました。

今回のスザンヌ会見もそうです。

では、どうして「会見を開くことでマスコミが味方につく」のでしょう?

それは、マスコミの人は「誰々が離婚した。」等という新情報が入ったら、とにかくインタビューして世に発信するのが仕事なわけです。

もし当の本人が会見を開かない場合、「芸能人のスケジュール確認をしてなんとか本人の居場所を突き止める」というひと手間が余計にかかります。


マスコミの人だって人間ですから、居場所もつかめずたいしてコメントもくれない(=手間がかかる芸能人)よりも、会見を開き話をすすんでしてくれる芸能人の方が手間が省けて好感が持てるわけで、必然的に好意的な記事を書いてくれたり、いろいろ良くしてくれるはずです。

なので結果的に本人自ら記者会見を開く芸能人にはマスコミが味方につくと私は推測しました。

スザンヌがこれを意識してるかしてないかはわかりません。



メリットその②
「礼儀を重んじる層から好かれる」


さきほど、私は「最近の芸能人は報告事をブログかFAXで済ませる」と言い、それは今の若い人の結婚式をやらない現象に似ていると書きました。

この現象は、どちらも若い人の「形式ばった面倒くさいことしたくない」という思いから生じています。

しかしそういう「面倒を省きたがる傾向」は、礼儀を重んじる層、つまり少し頭の固い人にしてみると非情にけしからんわけです。

分かりやすく例えると、とある女性が結婚する時「面倒だし結婚式は私達やらないから。報告の年賀状だけ出すわ。」と親に言った場合、家庭によってお母様のリアクションは違いますが、世の半分くらいのお母様は「あらそう」と二つ返事で了承はしてくれない気がします。

「あら、若い人はそう言うけどね、結婚と言うのはちゃんと皆様の前でお式をやってこそけじめがついて本当の夫婦になれるというものよ。そうよねぇお父さん。」などと言い、たしなめます。

昔に比べてだいぶラフな世の中になってきていますが、こういう礼儀を重んじる層の人々にとってはやはり現在でも「一身上の報告を紙切れ一枚で済ませる=ちゃんとしていない」ということなのでしょう。

そしてそういう層は、総じて年配世代の方に多いですし、たいていどの会社でも上層部のほうにいます。

さぁそうなると、わざわざ記者会見をやったスザンヌは彼らにどのような印象を与えたでしょう。

そう!

「やるべき式をきちんとした、今時にしては、ちゃんとしている子」という好印象です!

やったねさすがスザンヌ

このような層に好印象を持たれることは、今後スザンヌが芸能活動をしていく上で沢山のいいことをもたらすでしょう。

くれぐれも申し上げますが、スザンヌがこれを意識してるかしてないかはわかりません。


メリット③

「今後の芸能界でのポジションを示せる」

私は実はこれが一番重要だと思います。

多少マスコミが好意的に書こうとも、上の層からの好感度が高くても、本人の最新の様子が不透明では、キャスティングしにくいからです。

現在バラエティ番組における女性タレントというものは、取り立てて「その子じゃなければダメ」というわけでなく「この番組を面白くするには、こういうポジションの子が必要だから」という製作関係者の感覚orスポンサーの意向でキャスティングが決められているような気がします。

どういうことかと言うと、重要なのは「あるタレントを出すこと」ではなく、まず番組進行ありきで「その番組に必要なキャラを持ったタレントは誰かな?」という発想でキャスティングが行なわれるということです。

分かりやすい例は、池上彰番組における鈴木奈々です。

教育系の番組は本来、その分野に詳しい知識人をゲストに揃えたいところです。しかし知識人ばかりだと画面に華がない上に視聴者から見て置いてけぼりになる可能性が高い。

そこで番組的には「バカな質問をする鈴木奈々」が必要になります。

彼女がバカな質問をすることで出演者達は「奈々ちゃんに説明する」というテイで、嫌味なくお茶の間に知識を披露することが出来ますし、視聴者は「鈴木奈々はバカだなぁ」と笑いつつも新たな情報を得られる番組が観られるわけです。

こうした鈴木奈々のような「⚪︎⚪︎キャラ」というポジションがはっきりしているタレントは、番組への貢献度は実証済みで、製作関係者にしてみればいわば「安全牌」です。

こうした「安全牌認定されること」が、今の女性タレントがテレビで活動していくにあたりとても需要なことになっています。

さて、そんなテレビ業界のポジショニング争い、キャスティング戦国時代において、もしスザンヌが記者会見を開かなかったらどうなるでしょう?

スザンヌが離婚して、どうやらまたテレビの仕事をしたいらしい」という話だけが番組製作者に舞い込んで来たら、彼らは「そうか!じゃあ今度の池上彰スペシャルのおバカ枠にはスザンヌちゃんを使おう!」となるでしょうか?

答えはNOです。いくらかつてはおバカキャラの代表だったスザンヌでもさすがにそうはしてもらえないでしょう。

なぜなら最後にスザンヌが明るくテレビに出ていた頃とは、本人の状況が違うわけですから、同じような扱いをしていいかすら、周りは迷ってしまうわけです。

これは、一般社会における「寿退社した女性が数年後離婚して元の会社に戻ってきたら、復帰出社一日目の同僚達めっちゃ緊張する現象」です。

会社の同僚にとってその女性のイメージは送別会で花束を抱え「ありがとうございます!明るい家庭を作ります!」という晴れやかな挨拶の場面で止まって更新されていないわけです。
ですから離婚後大人しめな空気感で出社されたら、とりあえず誰かが声をかけるまで様子見よう、となりますよね。

多分テレビ業界でもそれは同じことです。
番組製作者は基本的には「危ない橋は渡らない主義」だと思いますから、最新のスザンヌの状態を確認してからでないと、スザンヌの器用に躊躇すると思います。

番組製作者にとっての番組を「絵画作品」に例えたら、彼女が今どんな「色」を出すのか分からない以上、筆に取るのは怖いのです。
キャンバスに塗りつけたら「わ、思ったのと全然違う色になってた!」じゃ困るわけですから。

もし記者会見を開かなかったら、彼らはスザンヌの「現在の色」を想像することしかできません。

想像して、かつての「おバカキャラ」にあてはめようとしても離婚したとなれば、昔のように天真爛漫では無さそうだし、かといってよくある「バツイチやさぐれキャラ」にあてはめようとしてもかつてのイメージのスザンヌはやさぐれとは1番遠い存在なので「うーんこれも違いそう」となるでしょう。

普通、会議でこの「うーん」という状態になったら「とりあえず辞めよう」となります。

テレビ業界のキャスティング会議でも、よほどのスザンヌ推しがいない限り「とりあえずめんどくさいから別の人にしよう」となってしまうと思います。


しかし、スザンヌは会見を行うことでこれらの懸念を吹き飛ばしました。

テレビ画面では健気に離婚の経緯を語り涙を流しているのに、かつての三日月お目目で笑っていた健気なスザンヌが写し出されました。

もうテレビ関係者ズキューン!!ですよ。

今までとは違う色だけど、いい!!
使ってみたい!

となったはずです。

ブログでの報告や雑誌のインタビューだけだったら「近況不明、キャラ不明」の不透明な存在になっていたかもしれないスザンヌですが、こうして記者会見をしてテレビ画面の前に現れることで、最新の状態を全国にお届けできたのです。

こうして鮮度の高いとれとれピチピチなスザンヌの状態がテレビ関係者にも確認された以上、スザンヌのバラエティー復帰は通常のシングルマザー復帰タレントよりもスムーズにいく予感がします。

私自身、会見のスザンヌを見ながら勝手に「健気シングルマザー」というポジションまで思い付きました。

多分今後はそのようなキャラでバラエティーに出てくれるだろうと思います。

すごいよスザンヌさん!!

返す返すもしつこいですが、スザンヌがこれを意識していたかどうかは不明です。


こうして考えた結果、初めは「なぜ?」と思ったスザンヌの記者会見でしたが、「なぜ?」と、思った私のほうがバカでした。

スザンヌにとって「記者会見を開く」ということはこんなにもメリットだらけなのですから、やらない方がバカです。

世の中にはシングルマザーというだけで眉をしかめる人もいます。

しかし離婚して速攻でここまで好感度を持ち直したシングルマザータレントは後にも先にもスザンヌただ一人なのではないかと私は思います。

結論としてスザンヌは天才です。


いかがだったでしょうか?

私の感じたスザンヌの凄さがお分かりいただけたでしょうか?

このようにスザンヌにとってメリットだらけの記者会見でしたが、もしデメリットがあるとすればただ1つ。

このように私のような一般人にブログで好き勝手に書かれることくらいでしょうか。

でも私は今回これを書くにあたり、だいぶスザンヌのことを考えたおかげで、すっかりスザンヌの虜になりました。

私、これからは全力でスザンヌを応援します!

ただ、最後にあと1つだけ言わせてもらうとスザンヌが第一子誕生後に出発した本が、こちらなのですが

mamazanne ママザンヌ

mamazanne ママザンヌ

どうもタイトルの「ママザンヌ」って語呂悪い気がします。普通に「マザンヌ」でも「マザー」にかかってるので「マザンヌ」で良かったんじゃないかと。

でも本当それだけです。

新しいスザンヌの人生は今始まったばかりです。

今までとはひと味違うキャラに生まれ変わったスザンヌを皆様も暖かい目で応援して下さい。


ではまた。