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限りなく透明に近いふつう

やさしい鬼です お菓子もあります お茶も沸かしてございます

表現欲の辿り着く場所

お母さんは紙をくれました。

「リカちゃん人形が欲しければリカちゃん人形をここに絵描きなさい。」と言って。

お母さんはペンをくれました。

シルバニアファミリーが欲しければシルバニアファミリーをここに絵描きなさい。」と言って。

私は物心付いた時から欲しい玩具は一切買い与えられませんでした。

その代わり何か欲しいとねだると、母は決まってこのように紙とペンを差し出しました。

だから私はいつも欲しいものの絵を描いていました。

そのうちに私は小学生になると、自分がクラスで1番絵が上手いということに気がつきました。

そりゃそうです。

他の子がリカちゃん人形やシルバニアファミリーや一輪車やキャンディボールで遊ぶ時間はすべて「絵を描く」に費やしていたのですから。

「ニニちゃんは絵がうまいね」

小学生になると誰もが私のノートの隅に描いた絵を褒めました。

休み時間になると「姫ちゃんを描いて!」「わぴこを描いて!」とクラスメイトにねだられました。(両者とも漫画『姫ちゃんのリボン』の主人公と『きんぎょ注意報』の主人公)

私はりぼんを購読していなかったけど、クラスメイトが持っている下敷きや漫画の切れ端に踊るそれらのキラキラしたキャラクターを寸分違わず模写することが出来ました。

こうして人見知りで口下手で地味で運動音痴で人に褒められるところがひとつも無かった私は、生まれて初めて「絵を描くと他人に褒めてもらえる」ということを知りました。

「私には絵を描く才能がある。もっと絵を描いて人から褒められたい。」

私は子供の頃いつもそう思っていました。

そして寝ても覚めても絵を描いて、中学生時代まではとにかくいつも絵を描いていました。

しかし高校生になると絵を描くことよりも他に興味が生まれました。

アルバイトと恋愛をするようになったからです。

アルバイトでは仕事ぶりを褒められるようになり、恋愛では女性として異性に褒められる喜びを知りました。

こうして絵以外でも人に承認されるようになりましたが、その頃はまだ絵も夜中に1人で描いていました。

でも高校生になるとそれを人に見せることはほとんどしなくなりました。

理由は「オタクっぽく見られたくない」からでした。

私は今は、漫画やアニメに熱意を燃やすいわゆる「オタク」の人に対して偏見は無いつもりですが、高校生当時は「オタク」の人をちょっと醒めた目で軽視していました。

なぜなら私のクラスには生粋のいわゆる「ザ・オタク女子」が4人いて、私はこの時人生で初めて本物のオタクを目にしたのですが、彼女達の印象は強烈でした。

彼女達は休み時間に1冊の漫画を囲んで登場人物の台詞を割り振って大声で音読してキャイキャイ喜んでいたのですが、その様子をハタから観て私は引いていました。

なぜ引いていたかと言うと、一つは彼女達がそのアテレコ?をしている時のうるささはウェーイ系の男子が騒ぐのに匹敵するもので、しかも「おっ俺だってお前のこと…!」とか、多分濡れ場シーンなども平気で口にしていたので本当に周りの目を気にしていない感じが単純に「迷惑」と思っていたからです。

もうひとつは彼女達の見た目が揃いも揃って髪はボサボサで体型は太っていて、言葉使いは一人称が「僕」とか「俺」とかで、お世話にも「可愛い」とかけ離れていて「可愛い」に近付く努力すら感じられなかったからです。

恋愛を覚えたての私は、そういう「現実の可愛いから遠ざかってまでフィクションの可愛いにのめり込む」という彼女達の行為が理解できませんでした。

今となっては私は人それぞれ好きなものは自由だと思いますし、そういうオタク女子の行動や見た目もひっくるめた「何かに夢中になってる人そのものの可愛さ」が分かりますが、当時の私はまだ「分かりやすいビジュアル的な可愛さ」を重視していたので、彼女達のことを「どうして可愛いキャラクターが好きなのに、自分自身を可愛いに近づける努力はしないんだろう?」と不思議でなりませんでした。

それに私は昔、少女漫画のキャラクターを模写しつつも、本当はそれらのキャラクターに対して「こんなに目が大きい人間は居ない」とか「鼻はどこだよ?」と思っていて、私の描くいくらか写実的な絵よりそれらの漫画絵を「稚拙なもの」だと思っていました。

だからいわゆる「漫画絵」と「私の描く絵」は私の中では全く別物と思っていたし、「漫画絵を好きなオタクの人達」と「私」は違うと自分で線引きをしていました。

でもいくら私の中で線引きしようと、多くの絵を描かない人にとって「家でイラストを描いている」という一言は、充分に「ああ、オタクなのね」と判断される台詞です。

だから私は友達にオタクっぽい要素を見られたくなくて、高校生の頃は自分が絵を描くことが好きだということを人前で言いませんでした。

そして私がその頃していた恋愛は少し特殊なものでした。(相手が一回り以上歳上の男性で婚約していました。)

なので、私は高校卒業時には自分の将来について安置に「その男性と結婚する」と決めていました。

だから本当はこの時、1度真剣に「自分の中で絵を描くこと」の位置付けを考えて将来そういう仕事に就くために専門学校に行くとか美大に行くとかいう選択肢を視野に入れれば人生は変わっていたのかもしれませんが、私はそれをしませんでした。

それなのにその後、紆余曲折あって20歳を目前に私はその男性とは別れました。

この時に私は初めて自分の将来について少し考えました。

それまでは「恋愛」の影響で「絵を描くこと」を自分の中で2番手的に捉えていたので、この時初めてちゃんと自分が好きな「絵を描くを仕事にできないか?」と考えるようになりました。

おりしもちょうどその頃、とある出版社が主催するイラストコンテストに投稿した絵が優秀賞を獲ったこともこの思いに拍車をかけました。

そして私はその出版社が自社で抱えるイラストレーターを育成する通信教育を受けながらイラストレーターの端くれとして仕事を待つ身になりました。

しかし、これで上手く「絵を描いて食べていける」かというと、人生はそう上手くいきません。

イラストレーターという職種に求められるスキルというのは、実は「絵の上手さ」以上に「依頼通りの絵を描ける」というものが大きいのです。

だから「自分の描きたい絵を描いてお金が貰えるイラストレーター」はほんの僅かな大御所か、たまたま自分の描く絵柄が世の中にウケる絵柄だった一握りの幸運な人しか居ないのです。

私は数年間で1、2件しか依頼が無いことから、23歳くらいの頃には自分の絵がイラストレーター向きではないことに薄々勘付いていきました。

ちなみにその頃の私の絵はこんな感じです。(恥ずかしながら載せます)

 

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私は結局、23歳頃を境に「絵を描く仕事をしたい」という情熱を徐々に失っていきました。

それはイラストの仕事が全然来ない日々が過ぎると同時に、インターネットが普及するようになって他人の作品を多く目にする機会が増え「世の中、上には上がいる」というのを思い知ったことも原因にあります。

所詮私は井の中の蛙で「絵の才能がある」というのは、自分の思い上がりだということにこの頃やっと気がつきました。

さらに実生活で絵と関係無い仕事をするようになると忙しくて絵を描く時間は取れなくなりました。

それでも絵に対する情熱があれば趣味で描き続ければ良かったのですが、私は1度挫折した絵に向き合うのが怖かったのだと思います。

それで忙しさを理由に絵を描くことは辞めてしまいました。

今もブログに載せてるような簡単な漫画を描いたり、お遊びで時々インターネット上に絵を公開することはありますが、私の中で上に載せたような「何日もかけて1枚を描き上げる本気絵」を描く情熱は次第に無くなっていきました。

 

それでも私には「表現欲」が残っていました。

思えば幼い頃から私は自分の内面を表現する為に絵を描いてきました。

それはもともと「欲しいものの代替」であり、やがて「人に褒められたい」という思いから生じた現象でしたが、続けるうちにやがて「褒められなくても、とにかく何か表現しないといられない」という性分が身に付いてしまっていたのです。

そして、絵筆を捨てた私に残された表現方法は文章を書くことでした。

文章を書くという表現方法は絵を描くという表現方法とまったく違います。

簡単に言えば絵は「メッセージ性」を載せるもので、文章は「メッセージ」そのものです。

「メッセージ性」の「性」の部分を人は「芸術」と呼ぶんだと思います。

絵のメッセージ性への解釈は受け取り手の感受性によって変わりますが、文章のメッセージの解釈はひとつしかありません。(小説などの文学作品は別です。)

もしひとつの文章が書き手と受け取り手で違う解釈をされるとしたら、それは書き手の文才不足です。

だから文章というものは「解釈の余地が許される芸術」ではなく、非常にシビアなただの「伝達ツール」だと私は思います。(くれぐれも文学作品は違います。小説や詩などは芸術的だと思います。)

でも、文章はシンプルにメッセージを伝えるその特性から、受け取り手にうまく伝わった時の喜びは絵を褒められた時よりもダイレクトです。

なんというか、私の実感としては文章を褒められることは絵を褒められる時よりも、より「リアルな自分」が認められた感じがします。

何しろ頭の中からダイレクトで思いを載せたメッセージを綴ってるわけですから、それを褒められたらダイレクトで私の頭の中が褒められたと思えますから。

それともうひとつ絵と文章の大きく違うところは、絵はそこに興味が多少なりともある人にしか受け取って貰えない表現方法なのですが、文章はわりと万人に受け取って貰いやすい表現方法なのです。

つまり絵は「俺そういうの分からないから…」と見ることさえ敬遠する人がいますが、文章はとりあえず「あいうえお」が分かる誰の目にも届きます。

私は思春期の頃はその限られた「受け取って貰える人(いわば芸術心のある人)」に自分の描いたものが届けばいいと思ってましたし、自分もその枠の中に居たいと思っていました。

でも私は結局全然芸術家ではなくて、普通の凡人だったんです。

恋愛すればそのことが優先事項になるし、絵で食べていけないと分かればサッサと諦める程度しか情熱は続かなかったし、本当に死ぬまで意欲が続く芸術家の方々(プロアマ問わず)のように自分はなれませんでした。

今となっては私が絵で表現したかったことは何なのか、自分でも思い出せません。

でもたぶん思春期の頃の私は、とても芸術家気取りで、他の人に出来ないことをしてやるという気持ちもあったし、色々将来に対して不安ながらも夢も見ていたし、そういうモヤモヤしたいっさいがっさいをストレートに文章にすることが出来なくて絵を描いていたような気がします。

その頃の私が今の私を観たら「絵も描かないでなにしてるの!?」とガッカリすると思います。

でも私は絵を辞めてしまったけど、他の表現方法が見つかって良かったと思います。

夢は破れても普通に生き続けなきゃならない私は、何かを表現したいというやっかいな欲だけはとりあえず残ってて、だから私はブログを初めたんだと思います。

はてなブログを初めて半年で、こんなに沢山の方が読んで下さるようになるとは当初思ってもいませんでした。

こうしてブログという文章発表の場があると本当に色々な人に自分の文章を読んで貰えてありがたい限りです。

私は自分の文章がけして上手いとは思いませんが、(回りくどいし、そもそも端折ることが苦手で長くなりすぎる)これからも文章という表現方法で日常的に思ったことを書いて、表現欲を満たしていくと思います。

私は絵を描くのと同じくらいに文章を書くのは楽しいです。

なんで楽しいのかは分かりません。

なんで楽しいのか分からないけど、書くとスッキリするから書いてます。

ちなみに今回の文章にメッセージは特にありません。

推敲もしてないので、書いてることの脈絡もないですし、絵で言えば「ラクガキ」に値します。でも書くとスッキリするから書きました。

こんな私ですが、辿り着いたところがここなので、ここで表現欲が発散できると大変ありがたいです。

お付き合い下さる方々に改めて御礼を言いますとともに、今後ともよろしくお願いします。

 

今週のお題「私がブログを始めたきっかけ」